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裁判例から医師の説明義務を考える

◆ 医師の説明義務を考える1

患者の権利オンブズマン東京」の『2010年秋期公開研修講座』は,患者家族,患者団体,市民団体,医療機関,厚労省,議員秘書,弁護士,マスコミ,一般の方などが受講され,大変盛況でした.ありがとうございます.

その講座で,私がお話した「裁判例から医師の説明義務を考える」の一部を記します.

医師の説明義務には,①療養指導のための指示説明義務,②検査,入院説得のための説明義務(説得義務),③自己決定,選択のための説明義務,④身体的侵襲に伴う行為に対する同意を求めるための説明義務,⑤報告義務としての説明義務,⑥転医勧告,転医提示のための説明義務,転医受け入れのための説明義務などがあります.(転医には,治療上必要な転医と自己決定のための転医があります.)
また,⑦治療法が確立していない場合の説明義務,⑧一般的ではない治療法選択にあたっての説明義務などは,特別な考慮が必要とされます・

まず,医師には,診療の一環としての「療養指導としての説明義務」があります.
そこで,医師の管理下にないところで患者の自己管理が必要とされる場合,医師は,患者の積極的な自己管理の重要性,それを怠ったときの危険などについて説明する義務があるとされています.

糖尿病や高血圧症などの慢性病の治療を考えるとわかりやすいと思いますが,患者自身がその気にならなければ治療は奏功しません.より良い医療は患者参加の医療です.患者参加の医療では,医師の説明はなくてはならないものとされています.「療養指導のための説明義務」は,より良い医療(参加医療)の根幹をなすものと言えるでしょう.

たとえば,多くの副作用を起こす可能性のある薬剤についてその副作用をもれなく説明するのは困難であるとしても,重大な結果を招来する副作用について説明し情報を提供することは重大な結果の回避のために必要であり,服薬上の留意点について具体的に説明する義務があり,「何かあればいらっしゃい」では不十分であるとして,医師の説明義務違反が認められています(高松高等裁判所平成8年2月27日判決).

階段から転落し救急診療を受けた患者が,帰宅後急変した事案で,患者ら一般通常人が,脳損傷につき,機序や症状に関する十分な医学的知識を有していないことを勘案すると,少なくとも患者に対して説明を行って経過観察の必要性を覚知させるべき診療契約上の義務があったとして,医師の説明義務違反が認められています(神戸地裁明石支部平成2年10月8日判決).

小児の頭蓋骨骨折を見逃して帰宅させた事案で,「事故後に意識が清明であっても,その後硬膜下血腫の発生に至る脳出血の進行が発生することがあること,その典型的な症状は,意識清明後の嘔吐,激しい頭痛,ぼんやりしてその応答がはっきりしなくなる,異常に眠たがる(傾眠),睡眠時にいつもより激しい鼾,流涎がある,呼んでも目覚めない等であることを具体的に説明して当該患者ないしその看護者に,右症状が現れる本件事故少なくとも約6時間以上は慎重な経過観察と,右症状の疑いが生じたことが発見されたときには直ちに医者の診察を受ける必要があること等の教示,指導するべき義務が患者を帰宅させる場合には存するものと判断される。」として,医師の説明義務違反が認められています(東京高裁平成10年4月28日判決).

同種末梢血幹細胞移植のドナーが1年余り後に急性骨髄性白血病に罹患して死亡した事案で,担当医師の説明内容は,ドナーの安全性確保というフォローアップ制度の趣旨,目的を適切に伝えたものであるとはいえず,ガイドラインを踏まえた説明をしたとは認められないとして,医師の説明義務違反が認められています(大阪地裁平成19年9月19日判決).

児が脳室周囲白質軟化症(PVL)であることをi医師が親に説明しなかった事案で,児に在宅で適切な観察・看護を施すためには,児を退院させるまでに,医師は親に説明を尽くし,児が脳室周囲白質軟化症(PVL)であり,脳性麻痺による運動障害を発症する可能性があるという事実を親に認識させる必要があったとして,医師の説明義務違反が認められています(大阪地裁平成19年10月31日判決).

シリコンボール挿入術後における包帯の巻き方は重要で,医師は,包帯の巻き方が不適切である場合の危険性を告げた上で,適切な包帯の巻き方を患者が十分に理解し,かつ,患者がそのような巻き方を実行できるようになるまで指導,説明する義務があり,症状の悪化する状況を目の当たりにしながら,包帯等を手術部位からずれないように緩く巻くこと以上の特段の指導,説明をしていたとは認められないとして,医師の説明義務違反が認められています(東京地裁平成13年7月5日判決).


◆ 医師の説明義務を考える 2

「検査,入院説得のための説明義務」について述べます.

医師の「療養指導としての説明義務」は,医師の管理下にないところでの患者の自己管理のためですが,「検査,入院説得のための説明義務」は,医師の管理が必要となったときに認められているものです.場面は違いますが,どちらも診療のために必要とされるものです.

患者が検査,入院が必要な病態のとき,医師は,患者に,検査,入院の必要性と検査,入院を怠ったときの危険性を説明する義務があるとされています.
患者は必ずしも自分の病態を理解しているわけではありませんので,医師が単に「検査を勧めます」「入院を勧めます」と言うだけでは.勧奨に従うとは限りません,医師は,具体的に必要性と怠ったときの危険性を患者が理解できるように説明する義務がある,とされています.

大動脈弁狭窄症が悪化していたのに患者が病状について誤解していた事案で,患者が自らの身体状態や必要な治療に対する評価について誤解していると医師が予見し得る場合,医師は患者の誤解を解くために十分な説明をする義務があるとされ,医師の説明義務違反が認められています(東京地裁平成18年10月18日判決).

C型慢性肝炎から肝臓がんに進行して死亡した事案で,医師が.患者に,C型慢性肝炎の予後が重大なものであるため,その治療が必要であると説明し,改めてC型肝炎ウイルス検査を受検するよう説得を試みることをしなかったことから,医師の説明義務違反が認められています(大阪地裁平成19年7月30日判決).

他方,レントゲン写真から肺がんを疑った医師の精査指示に対し,患者がこれを頑なに拒否し,肺がんで死亡した事案で,説得にもかかわらず検査を受けることを拒否したからといって,さらに家族を呼んで説得するまでの義務はない,とされています(大阪地裁平成18年4月7日判決).


◆ 医師の説明義務を考える 3

医師には,患者の自己」選択のために必要十分な説明を行う義務がある,とされています.選択肢が複数ある場合,患者の選択権を保障するために.複数の選択肢を説明する義務が医師に認められています.或る方法だけを説明して.それへの同意を求めるというのでは,十分な説明とは言えません.

このことは,平成4年の医療法改正で,明確になりました.
平成4年に加えられた医療法第1条の2の1は,次のとおりです.

「医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし、医師、歯科医師、薬剤師、看護婦その他の医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係に基づき、及び医療を受ける者の心身の状況に応じて行われるとともに、その内容は、単に治療のみならず、疾病の予防のための措置及びリハビリテーションを含む良質かつ適切なものでなければならない。」

エホバの証人の信者は宗教上の理由から輸血を拒んでいるのですが.医師が患者であるエホバの証人の信者に輸血を行う可能性があることを説明しないで輸血を行った事案で,最高裁判所判決は,次のとおり述べました.

「患者が,輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして,輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を有している場合,このような意思決定をする権利は,人格権の一内容として尊重されなければならない。そして,Aが,宗教上の信念からいかなる場合にも輸血を受けることは拒否するとの固い意思を有しており,輸血を伴わない手術を受けることができると期待して医科研に入院したことをB医師らが知っていたなど本件の事実関係の下で,B医師らは,手術の際に輸血以外には救命手段がない事態が生ずる可能性を否定し難いと判断した場合には,Aに対し,そのような事態に至ったときには輸血するとの方針を採っていることを説明して,医科研への入院を継続した上,B医師らの下で本件手術を受けるか否かをA自身の意思決定にゆだねるべきであったと解するのが相当である。」「同人の人格権を侵害したものとして,同人がこれによって被った精神的苦痛を慰謝すべき責任を負うものというべきである。」(最高裁平成12年2月29日判決)

このように,人格権は意思決定をする権利(自己決定権)を含むことから,最高裁判所判決は,説明義務違反の根拠を人格権侵害と構成しました.
つまり,上記の場合に輸血を行う可能性があることを説明する義務が,人格権,自己決定権を根拠に認められています.


◆ 医師の説明義務を考える 4

患者の自己決定,選択のために,医師が説明すべき項目,程度について述べます。

前回述べたエホバの証人輸血拒否事件の最高裁判決(最高裁平成12年2月29日判決)は,医師の判断のみならず,その患者が自己決定,選択のためにどのような情報を望んでいるかによって,医師が説明すべき項目,程度が決まるという考え方(複合基準説)をとったものとされています。
すなわち,医師は,医療行為についての一般的な説明に加え,具体的にその患者が自己決定,選択のために重視し欲している情報を説明すべきとされています.

さらに,医師がその患者が重視し欲している情報であることを現実に知らなくても,重視し欲している情報であることを知りうべき状況にあったときは,医師には説明すべき義務があるとされています.

硬膜外麻酔を受けた患者に下肢の疼痛,痺れ等の症状が残った事案で,採用し得る複数の選択肢がある中で,患者の生命,身体に一定程度の危険性を有する措置を行うにあたっては,特段の事情がない限り,患者に対し,当該措置を受けることを決定するための資料とするために,患者の疾患についての診断,実施予定の措置の内容,当該措置に付随する危険性,他に選択可能な措置があれば,その内容と利害得失などについて説明すべき義務があるとされ,また,上記内容に含まれない情報であっても,患者が,特定の具体的な情報を欲していることを,医師が認識し又は認識し得べき状況にあった場合において,その情報が,患者が当該措置を受けるか否か決定するにあたっての重要な情報である場合には,患者の自己決定を可能にするため,患者が欲している当該情報についても説明義務の対象となるものとするのが相当であるとして,これを怠ったことについて,自己決定権侵害として説明義務違反となるものと解するのが相当である,とされています(東京地裁平成20年5月9日判決).


◆ 医師の説明義務を考える 5

平成12年のエホバの証人輸血拒否事件の最高裁判決の頃から,日本の裁判所の説明義務に対する考え方に変化がみえます.

今回は,末期がんの説明義務について述べます.

医師は,胆のうがんの疑いがあると診断しながら,昭和58年3月,患者には重度の胆石症の疑いがあるとして手術を勧めました.その患者は看護師で,胆石症なら手術は後でもよいと考え入院を取り消し海外旅行に行き,帰国後も連絡をとらず,症状が悪化し同年6月にがんセンターに入院し,同年11月に亡くなりました.この事案で,最高裁平成7年4月25日判決は,初診の患者だから医師にはその患者ががん告知の精神的打撃に耐えられるかわからない,昭和58年当時はがん患者に真実と異なる病名を告げるのが一般的だったなどを理由に説明義務違反を否定しました。

この判決には批判があり,その3年後の高等裁判所の判決では,末期がんの説明義務違反が認められました.

仙台高等裁判所秋田支部平成10年3月9日判決は,医師が初診の平成2年11月に治癒・延命可能性のない末期がんであると判断し,患者の余命は長くて1年程度であると予測しながら告知せず,患者は翌年別の病院でがんと告知され平成3年10月に死亡した事案で.合理的裁量を逸脱して患者本人ないしは家族にがん告知をしなかったとして、この説明義務違反は患者本人に対する債務不履行ないしは不法行為となるとしました.

その上告審である最高裁判所平成14年9月24日判決は,「医師は,診療契約上の義務として,患者に対し診断結果,治療方針等の説明義務を負担する。そして,患者が末期的疾患にり患し余命が限られている旨の診断をした医師が患者本人にはその旨を告知すべきではないと判断した場合には,患者本人やその家族にとってのその診断結果の重大性に照らすと,当該医師は,診療契約に付随する義務として,少なくとも,患者の家族等のうち連絡が容易な者に対しては接触し,同人又は同人を介して更に接触できた家族等に対する告知の適否を検討し,告知が適当であると判断できたときには,その診断結果等を説明すべき義務を負うものといわなければならない。」と判断しました.

末期がんの説明義務が認められた点は進歩です.ただ,このように家族優先の告知義務の考え方については,患者本人への告知・説明がないがしろにされる危険もある,家族への告知の根拠は療養指導義務にある,という批判もあります.


◆ 医師の説明義務を考える 6

今回は,患者本人に説明せず,家族に説明した例について,述べます。

慢性アルコール中毒症,爆発性・意志薄弱型精神病質の同意入院患者に対し,前頭葉白質切截術(ロボトミー)を患者の妻の承諾書だけで実施した事案があります.
裁判所は,「患者本人において自己の状態、当該医療行為の意義・内容,及びそれに伴う危険性の程度につき認識し得る程度の能力」があったと認定しています.
そして,前頭葉白質切截術(ロボトミー)については,その性格上,精神衛生法第 33 条による入院の同意手続きを得ていてもこれで足りるものではなく,その手術につき個別的に患者の承諾を要するものというのが相当である,と判断し,違法な手術であるとし,担当医師の不法行為を認めました(札幌地裁昭和53年9月29日判決)

なお,ロボトミー手術のような被験者の3分の2以上が予後不良とされるような危険な行為は,違法な人体実験的治療行為であり,同意要件にかかわらずそもそも実施されるべきではない,という見解もあります(加藤久雄「ロボトミー手術と精神障害者の自己決定権」,医事判例百選80頁).

札幌の高橋智先生のブログの「お奨め映画 vol2・「カッコーの巣の上で」~ロボトミー事件~」http://www.takahashi-law.com/news/2009/03/-vol.html もご参照ください.

閉腹して患者に説明することも可能な事案で,患者の姉への説明と同意で緊急性のない手術を実施した事案(広島地裁平成元年5月29日判決),閉腹して患者に説明することも可能な事案で患者の夫への説明と同意で緊急性のない手術を実施した事案(東京地裁平成13年3月21日判決)で,患者への説明がなかったことから違法な医療行為とされています.

緊急性が高いときは,例外的に患者本人への説明義務が不要とされる場合があります(頭蓋骨陥没開頭手術の事案,最高裁昭和56年6月19日判決).


◆医師の説明義務を考える7

今回は,未成年者(子ども)への説明義務について,述べます。

患者の意思決定,選択のための説明は,患者本人に意思決定,選択の能力があるときは,患者本人に対し行います.そこで,未成年者に,意思決定,選択の能力があるかが問題になります.これは,年齢によって異なると考えられています.

「児童の権利に関する条約」(子どもの権利条約)は,子どもも大人と同様に自律的な主体として,12条で意見表明権等を保障しています.

「第12条
1 締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において、児童の意見は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。
2 このため、児童は、特に、自己に影響を及ぼすあらゆる司法上及び行政上の手続において、国内法の手続規則に合致する方法により直接に又は代理人若しくは適当な団体を通じて聴取される機会を与えられる。」

具体的な意思決定,選択の能力は,その判断する事項とその発達の程度によって異なります.日本民法では,財産に関するものについては,親権者の同意のない未成年者の意思表示は原則として取り消すことができます.意思能力を欠く未成年者の意思表示は当然に無効です.日本民法は,遺言ができる年齢を15歳以上と定めています.

では,医療行為については,どのように考えられているのでしょうか.

「医療行為の意義・内容・判断力は個々人により相違するため,機械的に決定すべきではなく,医療行為の性質にもよるが,15歳程度の通常人の判断能力が備わっているか否かを基準とすべきであろう。」という見解もあります.(浦川道太郎・金井康雄・安原幸彦・宮澤潤編集「医療訴訟」34頁,浦川道太郎執筆部分)
また,「疾病や診療行為の種類により要求される理解力・判断力の程度は異なる。例えば,輸血実施についての同意能力の目安を考えるならば,12~15歳程度の理解力・判断力といえる。」という見解もあります.(古川俊治「メディカルクオリティ・アシュアランス―判例にみる医療水準 第2版」43頁)

親が行くことなく,従業員の運転する車で子を医院に行かせ,急性胃炎と誤診され,結局糖尿病昏睡による呼吸困難で亡くなった16歳の若年性糖尿病患者の事案で,初診時に医療契約の締結を認めた裁判例があります(広島地裁尾道支部平成元年5月25日判決).この裁判例では,「高校一年生で社会生活経験が浅いため,病気の症状を的確,正確に告げる能力が十分であったとは考えられない」などの理由で,7割の過失相殺が認められ,損害賠償額が減額されています.

13歳で脳動静脈奇形(AVM)の全摘出手術を受け,術中出血のため術後重篤な左片麻痺の障害が残り,その12年後に死亡した事案で,医師の説明義務違反が認められています.判決は,説明義務の相手方を患者と両親とし,患者・両親への説明が当時得られた最善の情報に基づいて手術を受けるかどうかを決定するには十分ではなかったとして,患者の自己決定が侵害されたと認定しています.
担当医は,手術を受けることにより症状が改善され,薬を飲まなくてよくなること,手術を受けなければ生命の保証はできず,手術によって障害が残る可能性はあるがリハビリテーションで治ることなどを説明しました.
医師は治療方法の選択をするために適切な情報を提供する診療契約上の義務を負っていて,このような説明内容では,その義務を尽くしたとは言えない,と裁判所は認定しました.(東京地裁平成8年6月21日判決,医療問団弁護団横山哲夫弁護士の判例解説をご参照.http://www.doctor-agent.com/da/member/service/knowledge_malpractice_detail?mode=preview&id=29).

判断能力のある未成年者の場合,親は未成年者自己決定を援助する役割を負っていますから,未成年者が了解すれば医師は親にも説明することになります.

判断能力のない未成年者の場合,医師は,親権者へ説明し,親権者が未成年者に代わって判断することになります.その場合,親権者は,未成年者の「最善の利益」を考慮し,未成年者がなすであろう判断,客観的に合理的な判断を選択することが求められます.

患者の親権者が丸山ワクチンに固執した事案で,医療水準に沿った合理的な判断に反してまで親の期待する療法を医師に要求する権利はない,とされています(東京地裁昭和63年10月31日判決).

平成20年に消化管内の大量出血で重体となった1歳男児への輸血を拒んだ両親について,家庭裁判所は,親権を一時的に停止する保全処分請求を認め,男児は救命された,と報じられています(日本海新聞2009年03月15日).


◆ 裁判例から医師の説明義務を考える 8

今回は,どのような立場にある医師が説明義務,説明配慮義務を負うか,について,述べます。

チーム医療の総責任者である医師は,必ずしも自ら説明する必要はありませんが,患者,家族に対し,手術の必要性,内容,危険性等についての説明が十分に行われるように配慮する義務がある,とされています(説明配慮義務)。

大学病院心臓外科の主治医は,患者に対し翌日に予定された大動脈弁置換手術の必要性,内容,危険性について説明しました。翌日,別の医師(教授)が術者となり,主治医らが助手をつとめ,大動脈弁置換術が行われました。患者はその手術の翌日に死亡しました。この事案で,最高裁は,
①チーム医療の総責任者である医師(執刀医でも同じ)が自ら説明する必要はないが,患者,家族に対し手術の必要性,内容,危険性等についての説明が十分に行われるように配慮する義務がある,
②主治医の説明が十分なものであれば総責任者も説明義務違反の責任を負わない,
③主治医の説明が不十分なものであったとしても、主治医が説明をするのに十分な知識,経験を有し,総責任者が必要に応じて主治医を指導、監督していた場合には,総責任者は説明義務違反の責任を負わない,
と判断しました.

最高裁は,主治医の具体的な説明内容,知識,経験,主治医に対する総責任者の指導,監督の内容等について原審が審理,判断していなかったことから,破棄差し戻しとしました.(最高裁平成20年4月24日判決.医療問題弁護団鶴見俊男弁護士の本判決解説をご参照ください.http://www.doctor-agent.com/da/member/service/knowledge_malpractice_detail?mode=preview&id=69

未破裂脳動脈瘤に対しコイル塞栓術を実施した際,コイルが回収できずに残存したため,患者は血流障害により脳梗塞で死亡した事案があります.担当医である脳外科医と執刀医である放射線科医は,互いに相手の医師が説明したと思い,手術による死亡の危険性について説明していませんでした.判決は,「両医師とも,自分以外の医師が詳しく説明しているといった,極めて曖昧な言い方をしており,具体的にどこまでの説明がなされたか疑問が残る.」とし,説明義務違反を認めました(東京地裁平成14年7月18日判決). 


◆ 裁判例から医師の説明義務を考える(9)

今回は,出産に関する自己決定.選択についての説明について述べます.

アメリカなどでは,ロングフルバース(wrongful birth) 訴訟,ロングフルライフ(wrongful life)訴訟があります.

wrongful birth 訴訟は,先天的な疾患,障害がある子どもが生まれた場合に,親がその出産はwrongful birth であると主張し,選択のための情報提供義務違反を医師,病院に主張する訴訟です.

wrongful life訴訟は,その子ども自身が苦渋に満ちた人生が損害であるとして損害賠償を求める訴訟です.
アメリカの裁判所は,子どもによる請求を否定していますが,フランスの最高裁は,2001年,ダウン症候群の子どもに「生まれてこない権利」を認め,医師に損害賠償を命じています.

ダウン症候群は,妊娠15~16週の羊水染色体検査で診断可能です.検査結果が出るまでに2~3週間が必要です.ダウン症候群の障害は軽重様々です.

障害者の出生がwrongful birth,障害者の人生がwrongful lifeで,それが損害だとするこのような訴訟は,ナチスドイツを髣髴とさせ,健常者以外は生まれてはならないとの考えにもつながるのではないか,との懸念も指摘されています.
疾病を治療し障害を取り除く,障害者に対する社会的なバリアを取り除く,という一般的な方向に反するのではないか,という指摘もあります.

近年の諸外国のガイドラインは,染色体異常等の出生前診断を勧奨する内容になっています.日本では出生前診断を勧奨してはならないことになっています.

日本でも,wrongful birth 訴訟があります.

1例目.京都地裁平成9年1月24日判決.
平成5年11月に妊娠6週と診断された,39歳の妊婦が先天性ダウン症候群の長女を出生した例で,医師の羊水検査(染色体異常の検査)拒否と適切な助言がなかったことが問題になった事案があります.

京都地裁判決は,妊婦が羊水検査の実施を依頼したのは妊娠満20週1日で,医師は結果の判明が法定の中絶期間を経過するとしてこれを断った,と認定しました.
法定の中絶期間を経過することから,妊婦に,出産するか否かを検討の余地はなく,医師が羊水検査を断ったことで出産するか否かを検討する機会を侵害した,とは言えないとしました.

京都地裁判決は,出産準備のための事前情報として胎児に染色体情報を知る利益があるかについて,検討し,次の通り否定しました.

「羊水検査は,染色体異常児の確定診断を得る検査であって,現実には人工妊娠中絶を前提とした検査として用いられ,優生保護法が胎児の異常を理由とした人工妊娠中絶を認めていないのにも係わらず,異常が判明した場合に安易に人工妊娠中絶が行われるおそれも否定できないことから,その実施の是非は,倫理的,人道的な問題とより深く係わるものであって,妊婦からの申し出が羊水検査の実施に適切とされる期間になされた場合であっても,産婦人科医師には検査の実施等をすべき法的義務があるなどと早計に断言することはできない。まして,人工妊娠中絶が法的に可能な期間の経過後に胎児が染色体異常であることを妊婦に知らせることになれば,妊婦に対し精神的に大きな動揺をもたらすばかりでなく,場合によっては違法な堕胎を助長するおそれも否定できないのであって,出産後に子供が異常児であることを知らされる場合の精神的衝撃と,妊娠中に胎児が染色体異常であることを知らされる場合の衝撃とのいずれが深刻であるかの比較はできず,出産準備のための事前情報として妊婦が胎児に染色体異常が無いか否かを知ることが法的に保護されるべき利益として確立されているとは言えない」

京都地裁判決は,妊娠中絶に間に合う適切な時期でも,妊婦から相談や申し出すらない場合に,産婦人科医師が積極的に染色体異常児出産の危険率や羊水検査について説明すべき法的義務が一般的にあるとは認められない,としました.

この判決が,現在でもそのまま通用するかは,検討の余地があります.
自己決定権,選択について.次に述べるPM病の判決の影響も考えられるからです.

2例目.東京地裁平成15年4月25日判決.東京高裁平成17年1月27日判決,最高裁平成17年10月20日決定.

遺伝相談を業務として行っている医師は,PM病(ペリツェウス・メルツバッヘル病)について医学知見に基づく正確な情報を提供する義務があるとし,当該医師が誤解を与る説明を行ったとして,説明義務違反を認めた判決があります.
当時,PM病は,伴性劣性遺伝が有力な原因で,PLP(プロテオリピッド蛋白)遺伝子の異常が見つかる症例が約20%存在し,PLP遺伝子の重複が関係している症例もあるらしいことがわかっていました,つまり.第1子がPM病の場合.第2子以降の子が男子であれば,PM病を発生する危険が相当程度ありました.

事案は,次のとおりです.
PM病が疑われる長男の両親が,平成6年11月,或るセンターの医師に対し,次の子どもをつくりたいが大丈夫か,と質問したところ,医師は「経験上,兄弟で同一の症状のあるケースはない.かなり高い確率で大丈夫.兄弟に(PM病が)出ることはまずない」と回答しました。その後,医師は長男についてPM病と確定診断しました。その後,産まれた次男は健常児でしたが,三男はPM病でした.

東京地裁平成15年4月25日判決は,両親は患者ではなく診療報酬もとっていないので契約上の説明義務はない,としました.
しかし,①そのセンターが心身障害児等に関する相談を事業内容のひとつとしていうこと,②現に両親からの出生相談も患児の診察の際に対応していたこと,③すでに障害を持った長男の介護・養育について重い負担を抱えている両親にとって切実かつ重大な関心事であったこと,④長男の診療行為と密接に関連する質問だったことなどから,当該医師は信義則上PM病に罹患した子どもの出生の危険性について適切な説明を行うべき法的義務があったと認定しました.
そして,医師の説明は,PM病に罹患した子が生まれる可能性は低いという誤解を与える不正確なものであったとして,説明義務違反を認定しました.

その控訴審である高裁判決,その上告審である最高裁判決も説明義務違反を認めています.
東京地裁の判決は説明義務違反と三男の出生との因果関係を否定しましたが,東京高裁判決は,因果関係を認めています(最高裁平成17年10月20日決定で確定).

東京高等裁判所判決,最高裁判所決定は,疾病,障害をもって出生した子どもを介護養育する「経済的な負担」を損害と評価することは,障害者の出生自体をマイナスと評価するものではなく,別の問題である,と考えています.
(東京地裁平成15年4月25日判決.東京高裁平成17年1月27日判決の詳細は.医療問題弁護団武藤暁(ひかる)弁護士の判決解説http://www.doctor-agent.com/da/member/service/knowledge_malpractice_detail?mode=preview&id=39をご参照してください.)

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