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下級審医療判例real estate

岡山地判平19.1.31
                   主      文
1 被告らは,各自,原告Aに対して3103万3269円,同B及び同Cに対して各1551万6634円並びに各金員に対する平成13年12月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを10分し,その4を原告らの負担とし,その余を被告らの負担とする。
4 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。
                   事 実 及 び 理 由
(略)
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告F及び被告病院医師の過失の有無)について
(1) 被告Fらに,ERCP検査及びENBD施行後において,亡Dについて経過観察等を怠り,急性膵炎が重症化しないように適切な治療を行わなかった過失があるか否かについて
ア 前記前提となる事実,証拠(甲8,9,21,25の1ないし3,乙1,証人J,証人P,被告F)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 亡Dの血液検査の結果は,12月1日の時点においては,肝機能関係の数値がいずれも高く,CRP値も1.72r/dl と高かったものの,アミラーゼ値は15IU/l(基準値33〜120),膵アミラーゼ値は5IU/l(基準値14〜41)と低かった。同月4日の術前においても,肝機能関係の数値がいずれも高く,アミラーゼ値は15IU/l であった。ERCP検査及びENBD施行の3時間後の血液検査の結果では,アミラーゼ値が728IU/ l と上昇した。同月5日の血液検査の結果,肝機能関係の数値は下がったものの,アミラーゼ値は859IU/lと高いままであった。同月6日の血液検査の結果,アミラーゼ値は低下したものの,CRP値は7r/dlと高い値を示していた。同月7日の血液検査の結果,アミラーゼ値は143IU/l,膵アミラーゼ値は129IU/lであったが,CRP値は49.8r/dlとさらに上昇した。
被告Fは,同月5日午後,腹部CT検査を行い,膵炎の所見は認めたものの,重症膵炎の所見は認められないと判断した。
(イ) 亡Dは,12月4日午後10時ころ,ナースコールをし,腹痛,腹満感を訴え,吐気,嘔吐の症状もあった。翌5日午前8時30分ころ,腹部全体の痛みは自制内であったが,腹満感は強かった。その後,午後5時になっても強い腹満感は継続しており,同月6日深夜には腹満感が増強していると訴えた。その後も,同日午前8時30分になっても腹満感は改善せず,同日午前8時50分,午前11時10分,午後2時,午後5時と腹満感が続いた。また,同日午前8時50分,午前11時10分には腹痛が増強した。同日午後7時には,多量の発汗と,呼吸が荒くなる症状が見られた。
(ウ) 被告Fは,12月4日午後11時40分ころ,亡Dを診察した。被告Fは,この時点で,亡Dの急性膵炎の原因として,ENBDチューブによる膵管口圧迫の可能性があることを意識し,J医師にもその旨告げていた。
J医師は,同月6日には,午前11時10分ころに1回亡Dを診察したのみであり,L医師,M医師は,同日,亡Dを診察していない。
J医師は,同日,亡DのCRP値が上がっており,亡Dの腹痛の訴えが継続していることを見て,亡Dの状況について注意する必要を感じたが,亡Dの症状は前日と変化がなく臨床的に膵炎が進行して重症膵炎に至っているという所見が示唆されていないこと,また,被告Fと電話で相談した結果,亡Dの急性膵炎は中程度と判断したことから,CT検査を行わなかった。
J医師は,同日,半日勤務であり,午後3時ころまでは被告病院にいたが,その後は帰宅し,同日午後から夜間にかけての亡Dの症状については看護師から電話で聞き,カルテに記載した。看護師からの電話で,午後7時ころに亡Dの尿量が減ったという報告を受けて,利尿剤と下剤の投与を指示した。
(エ) 被告病院における治療状況
a 12月4日
被告Fらは,ERCP検査の直後から,術後膵炎の治療として,生理食塩水にフサン10rを加えた点滴を1回,抗生物質であるミノマイシン100rを2回投与した。
ERCP検査及びENBD実施の3時間後に血液検査を行い,その結果では,アミラーゼが728IU/lであった。
午後10時には腹満感,腹痛の訴えがあったので,被告Fは,浣腸,生理食塩水にプリンペランを加えた点滴をし,フィジオゾールの点滴内にザンタックを追加することを指示し,疼痛緩和のためにペンタジンの筋肉注射が行われた。
b 12月5日
早朝,血液検査を行い,その結果では,アミラーゼが859IU/l,CRPが1.61r/dl,WBCが6900であった。被告Fが亡Dを診察したところ,腹満感はあるものの,自制内であり,診察時に腸音は前日より増大していた。
午後,膵炎の重症度を判定するため,腹部CT検査(3回目)を行った。膵炎の所見は認められたが,ENBDチューブの位置は良好で,重症膵炎の所見は認められず,内科的治療の範囲内と判断して,フサン10rを2回,ミノマイシン100rを2回,それぞれ点滴投与を続けた。
被告Fは,午後9時30分,自宅から電話で亡Dの病状を確認し,点滴内にプリンペランを追加するよう指示した。
c 12月6日
被告Fは,高知市に出張したが,出張中は,J医師のほか,L医師及びM医師に代診を依頼していた。
被告Fは,午前8時45分に電話で血液検査を指示した。J医師は午前11時10分ころ亡Dを診察し,腹痛の訴えに対してペンタジンの筋肉注射を追加した。血液検査の結果,白血球11300,CRP7.0r/dl,アミラーゼ267IU/l等を確認した。J医師は電話で被告Fと協議して,今までの急性膵炎の治療を継続すると共に,フサン10rを2回投与するほか,炎症反応の増強に対してミノマイシンから,より強力な抗生物質であるフルマリン1gとカルベニン0.5gの2剤の投与に変更した。
(オ) 亡Dは,12月7日,N病院に転院された。N病院のP医師らは,亡Dを診察した結果,亡Dが壊死性膵炎の状態にあり,その原因がENBDチューブにあると判断し,同月8日午前9時30分,原告らに対し,亡Dに急性膵炎が発症し,それが重症化した原因がENBDチューブの留置にある旨説明し,同日午後6時,N病院においてENBDチューブが抜去された。
イ 上記認定事実によると,亡Dに急性膵炎が発症し,それが重症化するに至ったのは,ENBDチューブを留置したことにあると認定することができる。そこで,ENBDチューブを抜去しなかったことを含め,被告病院における亡Dの治療等に過失がなかった否かを検討する。
(ア) ENBDを実施した場合,留置したENBDチューブによる膵管開口部圧迫に起因する急性膵炎が偶発症としてあることがよく知られている(甲9)。したがって,施行後,経時的に,特に3時間後の血清アミラーゼ値をチェックし,腹痛,発熱の有無や腹部の他覚的所見等を注意深く経過観察することが必要である。
(イ) 前提となる事実のとおり,12月4日のERCP検査及びENBD施行の3時間後の血液検査の結果では,亡Dの血清アミラーゼ値は728IU/ l と高値であり,被告Fは,絶食の指示とフサン10rの投与をした。同月5日には,血液検査により,血清アミラーゼ値が測定され,前日の728IU/ l から859IU/ l に上昇していたことから,画像検査として腹部CT検査をし,その結果,膵の腫大と膵周囲への炎症の波及が認められたため,被告Fらは,亡Dの膵炎をCTGradeVと診断し,絶食・補液のほか,フサン10rを1日2回,ミノマイシン100rを1日2回投与した。
(ウ) しかしながら,12月5日から6日にかけて,亡Dが強い腹満感を訴え続け,その腹満感は同日午後5時まで続いており,同日午前8時50分,午前11時10分には腹痛が増強し,同日午後7時には,多量の発汗と,呼吸が荒くなる症状が見られるなど,亡Dの症状は改善せず,むしろ悪化していたにもかかわらず,被告FやJ医師は,これらの亡Dの症状について,看護師から電話で連絡を受けて投薬などの指示を行い,同日に,血液検査を午前中1回したのみであり,J医師が直接診療したのも午前中の1回にとどまる。
(エ) 前提となる事実認定のとおり,中等症の急性膵炎の死亡率は2%であるのに対し,重症急性膵炎の場合,死亡率は20%から30%と極端に高くなることから,急性膵炎が発症した場合,重症化しないように治療に努めなければならない。ところで,被告Fらは,ENBDの実施後の血液検査や亡Dの症状から,12月4日の夜には,急性膵炎の発症を疑い,その原因がENBDチューブの留置にある可能性を認識し,同月5日の腹部CT検査の結果により,急性膵炎が発症したと診断し,かつ,亡Dの症状が改善しなかったのであるから,各種の検査を頻回に行うことにより,投与している膵酵素阻害剤(フサン)などの薬剤の効果を確認し,亡Dの急性膵炎の原因が留置したENBDチューブによる膵管開口部圧迫に起因するものであるかの検証を行うべきであったのに,同月7日に,亡Dの急性膵炎が重症であるとの判断をするまで,腹部CT検査は,同月5日の1度のみで,血液検査の結果も日に1回,投薬についても,同月6日に,抗生物質の種類を変更したのみであり,薬剤の効果や急性膵炎の原因を探ることを怠り,ENBDチューブ抜去の判断を含め,亡Dの急性膵炎の治療が適切でなかった結果,膵炎を重症化させたというべきである。
なお,ERCP検査の施行によっても,偶発症として,急性膵炎を発症することが知られているが,被告病院での検査,治療は,仮にERCP検査の偶発症としての急性膵炎に対するものとしても,適切とはいえず,また,前記のとおり,被告病院において,亡Dの急性膵炎の原因を探らなかったことに,過失があるといえる。
(オ) 被告らは,亡Dの閉塞性黄疸の治療のため,ENBDチューブを留置することが必要であったと主張し,確かに,12月5日の血液検査の結果では,ビリルビンが前日の9.47r/d から6.20r/d へ l l下がっていて,ENBDチューブ挿入により閉塞性黄疸は改善してきており,また,ENBDチューブを抜去した場合,総胆管結石が再び嵌頓して胆汁の排出を妨げ,閉塞性黄疸の悪化及び胆管内の細菌感染を来し,急性化膿性胆管炎を起こして,全身状態が抜去前より悪化する可能性も考えられたことは認められる。
しかしながら,閉塞性黄疸の治療方法は,ENBDチューブによる方法以外にもあるのに対し,膵炎が重症化した場合には,膵臓の細胞の壊死が生じ,不可逆的状況が生じるのであるから,膵炎を重症化させないことを優先すべきであった。そして,前記認定のとおりの亡Dの臨床経過によれば,亡Dの膵炎は悪化の一途をたどっていたと認められ,その原因が留置したENBDチューブによる膵管開口部圧迫に起因するものであったのであるから,被告Fらは,亡Dの膵炎が重症化するまでに,ENBDチューブを抜去することを決断すべきであった。それにもかかわらず,被告Fらは,各種検査等を怠り,亡Dの膵炎が悪化しているとの認識を欠き,亡DをN病院に転院させるまで,ENBDチューブを抜去することを検討すらしなかったものである。
(カ) よって,被告Fら被告病院の医師らには,亡Dの急性膵炎について,その経過観察を怠り,ENBDチューブの抜去を含む治療方法等についても適切さを欠いた過失により,亡Dの急性膵炎を重症化させたというべきである。
(2) 因果関係について
Q病院副院長R医師の意見書(乙27の1)には,「仮定の話として,12月6日に腹部CT検査が施行され,また膵炎重症度判定の血液マーカー(血液ガス分析,腎機能,血清蛋白値,血清Ca値,プロトロンビン値など)を測定していれば重症膵炎と判定されていた可能性は排除できないが,この時点でN病院に搬送されていても患者の生命を救えたか否かについては不明である。」との記載がある。
もっとも,医療法人社団STクリニックU医師は意見書(甲30)において,「早期に重症度の検査,画像診断と適切な処置がなされ早期に集中治療が行われれば,不幸な結果に至る可能性は回避できたかもしれない。」,12月「6日に血清アミラーゼ値は低下しているが,その変化は重症膵炎の特徴でもある。それにもかかわらず,検査,指示の変更がないため,早期の診断ができず,結果的に7日になって重症膵炎と診断されている。ERCP後に膵炎を来す可能性は極めて高く,その後重症化することへの認識が少なかったと判断される。」と述べ,同医師は,同日の検査の不十分性と,同日検査が行われ早期治療がなされていれば救命できた可能性を指摘している。そして,前提となる事実によると,12月5日の時点で,亡Dの膵炎は中等症と診断しているのであるから,亡Dの膵炎が重症化していることを疑い,CT検査や膵炎重症度判定の血液マーカー(血液ガス分析,腎機能,血清蛋白値,血清Ca値,プロトロンビン値など)の検査等を行っていれば,ENBDチューブの抜去を含む適切な治療を行い,膵炎の重症化を防ぎ得た可能性又は重症膵炎に対する治療をより早期になし得た可能性は高いというべきである。
また,同月6日の時点でN病院に搬送されていれば亡Dを救命できたか否かを判断できない事態となったのは,被告病院医師らが同日CT検査を行っていなかったため,同日時点での亡Dの膵炎の程度を立証できないからであることに鑑みると,上記事実を立証できないことによる不利益を原告らに負わせるのは妥当でないというべきであるから,上記事実関係の下では,同日時点で上記検査等を被告病院医師らが行っていれば,亡Dを救命できた高度の蓋然性があったというべきである。
以上より,被告病院医師らの上記過失と亡Dが同月7日に重症膵炎に至り,同月28日に死亡したことの因果関係は認められる。
2 争点(2) 損害額について
(1) 被告病院医師らの上記過失により亡Dに生じた損害額は以下の合計である。
ア 治療費(12月7日から28日までのN病院におけるもの)
207万4860円
証拠(甲17)によれば,N病院に支払った入院費のうち,文書料2100円を除く207万4860円が治療費として認められる。
イ 入院付添費 13万8000円
入院患者が近親者に付添看護を求めるのは,愛情のこもった看護を期待することによるものであることから,亡Dの症状等を考慮すると,被告Fの過失が認められる12月6日から,亡Dの死亡した同月28日まで合計23日間,1日つき6000円の合計額である13万8000円をもって相当とする。
ウ 入院雑費
亡Dについては,被告Fらの過失がなくても,総胆管結石の入院治療の必要があったと認められるから,因果関係ある損害とは認められない。
エ 文書費 5775円
証拠(甲17,18)によると,2100円と3675円の合計5775円と認められる。
オ 逸失利益 3614万7903円
亡Dは,死亡当時53歳であり,亡Dが死亡する前年の平成12年の収入金額は603万4862円であったことが認められるから(甲11),定年60歳までの基礎年収を上記金額とする。
定年後である61歳から64歳までの基礎年収は,平成13年度賃金センサス産業計全労働者60から64歳の基礎年収422万3400円(決まって支給する現金給与額29万0900円×12+年間賞与その他特別給与額73万2600円)で,65歳から67歳までの基礎年収は平成13年度賃金センサス産業計全労働者65歳以上の年収額381万6700円(決まって支給する現金給与額27万2800円×12+年間賞与その他特別給与額54万3100円)でそれぞれ計算することとする。生活控除費は3割とする。
以上を前提とすると,計算式は以下のとおりとなる。
603万4862円×(1−0.3)×5.7863+422万3400円×(1−0.3)×(8.3064−5.7863)+381万6700円×(1−0.3)×(9.8986−8.3064)≒3614万7903円
カ 葬儀費用 120万円
亡Dは一家の生計を担うものであることを考慮し,葬儀費用は120万円をもって相当とする。
キ 慰謝料 1700万円
本件における被告Fの義務違反の態様,多臓器不全による死亡の原因が被告FらによるENBDチューブの留置にあったことの事実経過,亡Dの総胆管結石による肝機能の低下も認められること等,その他本件口頭弁論に現れた一切の諸事情を考慮すると,その精神的苦痛に対する慰謝料は1700万円をもって相当とする。
ク 弁護士費用 550万円
本件事案の性質,難易度,審理の経過及び認定額等を考慮すると,原告らが被告らに対し,被告Fの不法行為と相当因果関係のある損害として賠償を認め得る弁護士費用の額は,550万円をもって相当とする。
ケ 合計損害額
上記アないしクの合計損害額は6206万6538円であるところ,原告Aが亡Dの妻,同B及び同Cは,亡Dの子であり,いずれも亡Dの法定相続人であることは当事者間に争いがないから,相続により,原告Aは亡Dの上記損害の2分の1である3103万3269円を,同B及び同Cはそれぞれ4分の1である1551万6634円を相続した。
3 結論
以上によれば,原告らの請求は,原告Aに対して3103万3269円,同B及び同Cに対して各1551万6634円並びに各金員に対する不法行為の後であり亡Dの死亡した日である平成13年12月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文,65条1項本文を,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用し,仮執行免脱宣言については相当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。

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