最高裁医療判例real estate
最高裁医療判例
〇最判昭23・8・5刑集2巻9号1123頁
訴訟上の証明のレベル
「訴訟上の証明は,歴史的証明であり,「真実の高度な蓋然性」つまり,通常人なら誰でも疑を差挾まない程度に真実らしいとの確信を得ることで証明ができたとするものである」と判示した。
〇最判昭32 ・5 ・10民集11巻5号715頁
過失の特定
「注射液の不良、注射器の消毒不完全はともに診療行為の過失となすに足るものであるから、そのいづれかの過失であると推断しても、過失の認定事実として、不明又は未確定というべきでない」と判示した。
〇最判昭36・2 ・16民集15巻2号244頁
医療水準と医療慣行
「輸血梅毒事件において,慣行は唯だ過失の軽重及びその度合を判定するについて参酌さるべき事項であるにとどまり,そのことの故に直ちに注意義務が否定さるべきいわれはない」と判示した。
〇最判昭39・ 7 ・28民集18巻6号1241頁
過失の概括的認定
「 注射器具,施術者の手指あるいは患者の注射部位のいづれの消毒が不完全であったかを確定しなくても,過失の認定事実として不完全とはいえない」と判示した。
〇最判昭39・11・24民集18巻9号1927頁
狂犬病治療事件
「犬に咬まれた患者(当時13歳)の治療にあたった医師が、その犬の狂犬でないことの推測ができる程度の資料があったにもかかわらず、狂犬病の発病を恐れるあまり、まず予防接種をしておけばよいとの安易な考えのもとに、その接種による後麻痺症の危険についてはほとんど考慮を払わずに、これを継続施行する等原審認定のような事情(原判決理由参照)があるときは、右医師は、その結果による後麻痺症の発生につき過失の責を免れない、とし、損害賠償責任を肯定した原判決を相当 」と判示した。
〇最判昭44・2・6民集23巻1号195頁
水虫レントゲン線照射事件
「医師の注意義務 患者の病状に十分注意しその治療方法の内容および程度等については診療当時の医学的知識にもとづきその効果と副作用などすべての事情を考慮し、万全の注意を払つて、その治療を実施しなければならない」と判示した。
〇最判昭50・10・24民集29巻9号1417頁
ルンバール事件
「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである」と判示した。
〇最判昭51・ 9 ・30民集30巻8号816頁
インフルエンザ予防接種事件
「 適切な問診を尽さなかつたため、接種対象者の症状、疾病その他異常な身体的条件及び体質的素因を認識することができず、禁忌すべき者の識別判断を誤つて予防接種を実施した場合において、予防接種の異常な副反応により接種対象者が死亡又は罹病したときには、担当医師は接種に際し右結果を予見しえたものであるのに過誤により予見しなかつたものと推定するのが相当である」と判示した。
〇最判昭56・ 6 ・19集民133号145頁
説明義務
「頭蓋骨陥没骨折の傷害を受けた患者の開頭手術を行う医師には、右手術の内容及びこれに伴う危険性を患者又はその法定代理人に対して説明する義務があるが、そのほかに、患者の現症状とその原因、手術による改善の程度、手術をしない場合の具体的予後内容、危険性について不確定要素がある場合にはその基礎となる症状把握の程度、その要素が発現した場合の対処の準備状況等についてまで説明する義務はない」と判示した。
〇最判昭57・ 3 ・30集民135号563頁
未熟児網膜症高山日赤事件 医療水準
「注意義務の基準となるべきものは,診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である」と判示した。
〇最判昭60・4・9集民144号433頁
薬剤投与 シヨツク症状発現の危険
「薬剤の能書等に使用上の注意事項として、本人又は近親者がアレルギー体質を有する場合には慎重に投与すべき旨が記載されていたにすぎないとしても、医師たる上告人としては、シヨツク症状発現の危険のある者に対しては右薬剤の注射を中止すべきてあり、また、かかる問診をしないで、前記過敏性試験の陰性の結果が出たことから直ちに亡Dに対して本件注射をしたことに上告人の医療上の過失があるとした原審の判断は、正当として是認することができ」ると判示した。
〇最判昭63・ 1 ・19集民153号17頁
裁判官伊藤正己の補足意見 医療水準 研鑽義務
「人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する医師は、その業務の性質に照らし、実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるのであつて(最高裁昭和三一年(オ)第一〇六五号同三六年二月一六日第一小法廷判決・民集一五巻二号二四四頁参照)、右の義務を果たすためには、絶えず研さんし、新しい治療法についてもその知識を得る努力をする義務(以下「研さん義務」という。)を負つているものと解すべきである。もとより、医師は、必ずしもすべての診療を自ら行う必要はないが、自ら適切な診療をすることができないときには、患者に対して適当な診療機関に転医すべき旨を説明し、勧告すれば足りる場合があり、また、そうする義務(以下「転医勧告義務」という。)を負う場合も考えられるのである。医療水準は、医師の注意義務の基準となるものであるから、平均的医師が現に行つている医療慣行とでもいうべきものとは異なるものであり、専門家としての相応の能力を備えた医師が研さん義務を尽くし、転医勧告義務をも前提とした場合に達せられるあるべき水準として考えられなければならない。」と判示した。
〇最判昭63・ 4 ・21民集42巻4号243頁
損害の拡大と民法722条2項の類推
「民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができるものと解するのが相当である。」と判示した。
〇最判平3・4・19民集45巻4号367頁
予防接種と禁忌者の推定
「予防接種によって重篤な後遺障害が発生する原因としては、被接種者が禁忌者に該当していたこと又は被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたことが考えられるところ、禁忌者として掲げられた事由は一般通常人がなり得る病的状態、比較的多く見られる疾患又はアレルギー体質等であり、ある個人が禁忌者に該当する可能性は右の個人的素因を有する可能性よりもはるかに大きいものというべきであるから、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には、当該被接種者が禁忌者に該当していたことによって右後遺障害が発生した高度の蓋然性があると考えられる。したがって、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には,禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと、被接種者が右個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたと推定するのが相当である。」と判示した。
〇最判平7・4・25民集49巻4号1163頁
胆のう癌 告知義務
胆のう癌の疑いがあることを本人・家族に説明しなかったことが説明義務違反とならないとした事案
〇最判平7・5・30集民175号319頁
核黄疸脳性麻痺事件 退院時の療養指導義務
「黄疸が増強することがあり得ること、及び黄疸が増強して哺乳力の減退などの症状が現れたときは重篤な疾患に至る危険があることを説明し、黄疸症状を含む全身状態の観察に注意を払い、黄疸の増強や哺乳力の減退などの症状が現れたときは速やかに医師の診察を受けるよう指導すべき注意義務を負っていた」と判示した。
〇最判平7・6・9民集49巻6号1499頁
未熟児網膜症姫路日赤病院事件 医療水準
「新規の治療法に関する知見が当該医療機関と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及しており、当該医療機関において右知見を有することを期待することが相当と認められる場合には、特段の事情が存しない限り、右知見は右医療機関にとっての医療水準であるというべきである。」と判示した。
〇最判平8・1・23民集50巻1号1頁
ペルカミンS腰椎麻酔事件 医薬品の添付文書
「医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、投与を受ける患者の安全を確保するために、これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから、医師が医薬品を使用するに当たって右文章に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである」と判示した。
〇最判平8 ・10・29民集50巻9号2474頁
素因減額
「被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできないと解すべきである。」と判示した。
〇最判平9・2・25民集51巻2号502頁
鑑定 開業医の役割 転医義務
「本件鑑定は、Dの病状のすべてを合理的に説明し得ているものではなく、経験科学に属する医学の分野における一つの仮説を述べたにとどま」ると判示した。
「開業医の役割は、風邪などの比較的軽度の病気の治療に当たるとともに、患者に重大な病気の可能性がある場合には高度な医療を施すことのできる診療機関に転医させることにあるのであって、開業医が、長期間にわたり毎日のように通院してきているのに病状が回復せずかえって悪化さえみられるような患者について右診療機関に転医させるべき疑いのある症候を見落とすということは、その職務上の使命の遂行に著しく欠けるところがあるものというべきである。」と判示した。
〇最判平11・ 2 ・25民集53巻2号235頁
肝細胞癌早期発見義務違反事件 因果関係
「医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断においても異なるところはなく、経験則に照らして統計資料その他の医学的知見に関するものを含む全証拠を総合的に検討し、医師の右不作為が患者の当該時点における死亡を招来したこと、換言すると、医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の右不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべきである。患者が右時点の後いかほどの期間生存し得たかは、主に得べかりし利益その他の損害の額の算定に当たって考慮されるべき由であり、前記因果関係の存否に関する判断を直ちに左右するものではない。」と判示した。
〇最判平11・3 ・23集民192号165頁
手技上の過失 脳ベラの操作と血腫の発生との関連性
「鑑定人Gの鑑定及び証人Hの証言中には、脳ベラの操作によって血腫が発生する場所は、脳ベラをかけた部分あるいはその近傍部に限らず、離れた部位に発生することもあり得るとする部分も存するのであるから、脳ベラをかけた場所の直下あるいは近傍部に血腫が存することは認められないとの原審の認定を前提としても、脳ベラの操作と血腫の発生との関連性を一概には否定できないというべきである。」と判示した。
〇最判平12・ 2 ・29民集54巻2号582頁
エホバの証人事件 人格権
「患者が、輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして、輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を有している場合、このような意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならない。」「W医師らは、右説明を怠ったことにより、Tが輸血を伴う可能性のあった本件手術を受けるか否かについて意思決定をする権利を奪ったものといわざるを得ず、この点において同人の人格権を侵害したものとして、同人がこれによって被った精神的苦痛を慰謝すべき責任を負うものというべきである。」と判示した。
〇最判平12・ 9 ・22民集54巻7号2574頁
相当程度の可能性
「医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは、医師は、患者に対し、不法行為による損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当である。」と判示した。
〇最判平13・ 3 ・13民集55巻2号328頁
交通事故と医療事故
「本件交通事故における運転行為と本件医療事故における医療行為とは民法719条所定の共同不法行為に当たるから,各不法行為者は被害者の被った損害の全額について連帯して責任を負うべきものである。」「本件のような共同不法行為においても,過失相殺は各不法行為の加害者と被害者との間の過失の割合に応じてすべきものであり,他の不法行為者と被害者との間における過失の割合をしん酌して過失相殺をすることは許されない。」と判示した。
〇最判平13・11・27民集55巻6号1154頁
乳房温存療法事件 未確立の療法と説明義務
「このような未確立の療法(術式)ではあっても,医師が説明義務を負うと解される場合があることも否定できない。少なくとも,当該療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており,相当数の実施例があり,これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては,患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり,かつ,患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無,実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては,たとえ医師自身が当該療法(術式)について消極的な評価をしており,自らはそれを実施する意思を有していないときであっても,なお,患者に対して,医師の知っている範囲で,当該療法(術式)の内容,適応可能性やそれを受けた場合の利害得失,当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務があるというべきである。」と判示した。
〇最判平14・ 9 ・24集民207号175頁
説明義務
「本件病院の医師らは,連絡の容易な家族として,又は連絡の容易な家族を介して,少なくとも同被上告人らと接触し,同被上告人らに対する告知の適否を検討すれば,同被上告人らが告知に適する者であることが判断でき,同被上告人らに対してDの病状等について告知することができたものということができる。そうすると,本件病院の医師らの上記のような対応は,余命が限られていると診断された末期がんにり患している患者に対するものとして不十分なものであり,同医師らには,患者の家族等と連絡を取るなどして接触を図り,告知するに適した家族等に対して患者の病状等を告知すべき義務の違反があったといわざるを得ない。」と判示した。
〇最判平14・11・8集民208号465頁
スティーブンス・ジョンソン症候群事件
「過敏症状の発生から直ちに本件症候群の発症や失明の結果まで予見することが可能であったということはできないとしても,当時の医学的知見において,過敏症状が本件添付文書の(2)に記載された本件症候群へ移行することが予想し得たものとすれば,本件医師らは,過敏症状の発生を認めたのであるから,十分な経過観察を行い,過敏症状又は皮膚症状の軽快が認められないときは,本件薬剤の投与を中止して経過を観察するなど,本件症候群の発生を予見,回避すべき義務を負っていたものといわなければならない。」と判示した。
〇最判平15・ 7 ・18民集57巻7号815頁
裁判官滝井繁男の反対意見
「定期健康診断における過失の有無も、一般的に臨床医間でどのように行われていたかではなく、当該医療機関において合理的に期待される医療水準に照らし、現実に行われた医療行為がそれに即したものであったかどうか、本件では、昭和61年に被上告会社東京本店において行われていた定期健康診断におけるレントゲン検診が、どのような設備の下で撮影されたレントゲンフィルムを、どのような研修を受け、経験を有する医師によって、どのような体制の下で読影すべきものと合理的に期待されていたか、そして、実際に行われた検査がそれに即したものであったか否かを確定した上で判断されなければならないのである。」と判示した。
〇最判平15・11・11民集57巻10号1466頁
急性脳症事件 転送義務 相当程度の可能性
「本件診療中,点滴を開始したものの,上告人のおう吐の症状が治まらず,上告人に軽度の意識障害等を疑わせる言動があり,これに不安を覚えた母親から診察を求められた時点で,直ちに上告人を診断した上で,上告人の上記一連の症状からうかがわれる急性脳症等を含む重大で緊急性のある病気に対しても適切に対処し得る,高度な医療機器による精密検査及び入院加療等が可能な医療機関へ上告人を転送し,適切な治療を受けさせるべき義務があったものというべきであり,被上告人には,これを怠った過失があるといわざるを得ない。」「その転送義務に違反した行為と患者の上記重大な後遺症の残存との間の因果関係の存在は証明されなくとも,適時に適切な医療機関への転送が行われ,同医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受けていたならば,患者に上記重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う」と判示した。
〇最判平15・11・14集民211号633頁
気道確保のための適切な処置を採るべき注意義務
手術の際に経鼻気管内挿管がされた管を手術後に抜管された直後に,気道閉そくから呼吸停止,心停止の状態となり,命は取り留めたものの,いわゆる植物状態となり,その後,食道がんにより死亡した事案で,「壬医師は,抜管後,辛の吸気困難な状態が高度になったことを示す胸くうドレーンの逆流が生じた上記時点(前同日午前10時55分ころ)において,辛のこう頭浮しゅの状態が相当程度進行しており,既に呼吸が相当困難な状態にあることを認識することが可能であり,これが更に進行すれば,上気道狭さくから閉そくに至り,呼吸停止,ひいては心停止に至ることも十分予測することができたものとみるべきであるから,壬医師には,その時点で,再挿管等の気道確保のための適切な処置を採るべき注意義務があり,これを怠った過失があるというべきである。」と判示した。
〇最判平16・ 1 ・15集民213号229頁
スキルス胃癌事件
「甲の病状等に照らして化学療法等が奏功する可能性がなかったというのであればともかく,そのような事情の存在がうかがわれない本件では,上記時点で甲のスキルス胃癌が発見され,適時に適切な治療が開始されていれば,甲が死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったものというべきである。」と判示した。
〇最判平16・ 9 ・7判夕1169号158頁
アナフィラキシーショック事件
「Y2が,薬物等にアレルギー反応を起こしやすい体質である旨の申告をしている乙に対し,アナフィラキシーショック症状を引き起こす可能性のある本件各薬剤を新たに投与するに際しては,Y2には,その発症の可能性があることを予見し,その発症に備えて,あらかじめ,担当の看護婦に対し,投与後の経過観察を十分に行うこと等の指示をするほか,発症後における迅速かつ的確な救急処置を執り得るような医療態勢に関する指示,連絡をしておくべき注意義務がある」と判示した。
〇最判平17・9・8集民217号681頁
説明義務違反 帝王切開
「帝王切開術を希望するという上告人らの申出には医学的知見に照らし相応の理由があったということができるから,被上告人医師は,これに配慮し,上告人らに対し,分娩誘発を開始するまでの間に,胎児のできるだけ新しい推定体重,胎位その他の骨盤位の場合における分娩方法の選択に当たっての重要な判断要素となる事項を挙げて,経膣分娩によるとの方針が相当であるとする理由について具体的に説明するとともに,帝王切開術は移行までに一定の時間を要するから,移行することが相当でないと判断される緊急の事態も生じ得ることなどを告げ,その後,陣痛促進剤の点滴投与を始めるまでには,胎児が複殿位であることも告げて,上告人らが胎児の最新の状態を認識し,経膣分娩の場合の危険性を具体的に理解した上で,被上告人医師の下で経膣分娩を受け入れるか否かについて判断する機会を与えるべき義務があったというべきである。」と判示した。
〇最決平17・11・15刑集59巻9号1558頁
VAC療法
「被告人としては,自らも臨床例,文献,医薬品添付文書等を調査検討するなどし,VAC療法の適否とその用法・用量・副作用などについて把握した上で,抗がん剤の投与計画案の内容についても踏み込んで具体的に検討し,これに誤りがあれば是正すべき注意義務があったというべきである。」「被告人は,これを怠り,投与計画の具体的内容を把握しその当否を検討することなく,VAC療法の選択の点のみに承認を与え,誤った投与計画を是正しなかった過失があるといわざるを得ない。」と判示した。
〇最判平17 ・ 12 ・8集民218号1075頁
東京拘置所事件
「東京拘置所の職員である医師が上告人を外部の医療機関に転送すべき義務を怠ったことを理由とする国家賠償請求は,理由がない。」と判示した。
裁判官島田仁郎の補足意見は「医師,医療機関といえどもすべてが万全なものではなく,多種多様な現実的な制約から適切十分な医療の恩恵に浴することが難しいことも事実として認めざるを得ない。ある程度の不適切不十分は,社会生活上許容の範囲内として認めるべきであろう。したがって,結果発生との因果関係が証明された場合はともかく,その証明がなく,上記のような「相当程度の可能性の存在」すら証明されない場合に,なお医師に過失責任を負わせるのは,著しく不適切不十分な場合に限るべきであろう。」と判示した。
裁判官才口千晴の補足意見は,「医師の検査,治療等が医療行為の名に値しないような例外的な場合には,「適切な検査,治療等の医療行為を受ける利益を侵害されたこと」を理由として損害賠償責任を認める余地がないとはいえないが,本件の事実関係によれば,東京拘置所の医師らは,上告人をICUに収容して所要の治療を行っており,上告人につき東京拘置所で執られた一連の診療措置は,脳こうそくの患者に対し通常行われる手順に従っており,全般的に妥当なものであったと評価できるから,本件が,前記の例外的な場合には当たらないことは明らかである。」と判示した。
裁判官横尾和子,同泉徳治の反対意見は,「患者が適時に適切な医療機関へ転送され,同医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受ける利益」は,前記7に掲げた最高裁判例が不法行為法において法的保護に値する利益であると既に認めているものと比較しても,保護すべき程度において,勝るとも劣らないものであり,不法行為法上の保護利益に該当するというべきである。そうすると,急性期の脳卒中患者として専門医による医療水準にかなった適切な検査,治療等の医療行為を受ける利益を侵害された上告人は,上記の不法行為法上の保護利益を侵害されたものであり,被上告人は,国家賠償法に基づき,上告人の上記保護利益侵害による精神的損害を賠償すべきである。」と判示した。
〇最判平18・ 1 ・27集民219号361頁
第3世代セフェム系抗生剤等投与・バンコマイシン不投与事件
「当時の臨床医学においてはF医師らと同様に第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与することがむしろ一般的であったことがうかがわれるというだけで,それが当時の医療水準にかなうものであったか否かを確定することなく,同医師らが第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与したことに過失があったとは認め難いとした原審の判断は,経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。」「O鑑定書,I意見書及びL意見書に基づいて,F医師らが2月1日ころの時点でバンコマイシンを投与しなかったことに過失があるということはできないとした原審の判断は,経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。」「実情としては多種類の抗生剤を投与することが当時の医療現場においては一般的であったことがうかがわれるというだけで,それが当時の医療水準にかなうものであったか否かを確定することなく,F医師らが多種類の抗生剤を投与したことに過失があったとは認め難いとした原審の判断は,経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。」と判示した。
〇最判平18・4 ・18集民220号111頁
腸管壊死事件
「開腹手術の実施によってかえって生命の危険が高まるために同手術の実施を避けることが相当といえるような特段の事情が認められる場合でない限り,Aの術後を管理する医師としては,腸管え死が発生している可能性が高いと診断した段階で,確定診断に至らなくても,直ちに開腹手術を実施すべきであり,さらに,開腹手術によって腸管え死が確認された場合には,直ちにえ死部分を切除すべきであったというべきである」と判示した。
〇最判平18・10・27集民221号705頁
説明義務違反
「医師が患者に予防的な療法(術式)を実施するに当たって,医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には,その中のある療法(術式)を受けるという選択肢と共に,いずれの療法(術式)も受けずに保存的に経過を見るという選択肢も存在し,そのいずれを選択するかは,患者自身の生き方や生活の質にもかかわるものでもあるし,また,上記選択をするための時間的な余裕もあることから,患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮の上判断することができるように,医師は各療法(術式)の違いや経過観察も含めた各選択肢の利害得失について分かりやすく説明することが求められるものというべきである。」「Aが平成8年2月23日に開頭手術を選択した後の同月27日の手術前のカンファレンスにおいて,内けい動脈そのものが立ち上がっており,動脈りゅう体部が脳の中に埋没するように存在しているため,恐らく動脈りゅう体部の背部は確認できないので,貫通動脈や前脈絡叢動脈をクリップにより閉そくしてしまう可能性があり,開頭手術はかなり困難であることが新たに判明したというのであるから,本件病院の担当医師らは,Aがこの点をも踏まえて開頭手術の危険性とコイルそく栓術の危険性を比較検討できるように,Aに対して,上記のとおりカンファレンスで判明した開頭手術に伴う問題点について具体的に説明する義務があったというべきである。」と判示した。
〇最判平18・11・14集民222号167頁
上部消化管出血を疑い内視鏡検査で出血源の検索と止血術を行うべき注意義務
「Bは,5月2日早朝に初めて多量の出血があったのではなく,4月29日から既に出血傾向にあったのであるから,5月2日早朝までに輸血を追加して,Bの全身状態を少しでも改善しながら,その出血原因への対応手段を執っていれば,Bがショック状態になることはなく,死亡の事態は避けられたとみる余地が十分にあると考えられ,G意見書の上記イの意見は,相当の合理性を有することを否定できないのであり,むしろ,E意見書の上記アの意見の方に疑問があるというべきである。それにもかかわらず,原審は,G意見書とE意見書の各内容を十分に比較検討する手続を執ることなく,E意見書の上記アの意見をそのまま採用して,上記因果関係を否定したものではないかと考えられる。このような原審の判断は,採証法則に違反するものといわざるを得ない。」と判示した。
〇最決平19・3 ・26刑集61巻2号131頁
患者取り違え事件
「医療行為において,対象となる患者の同一性を確認することは,当該医療行為を正当化する大前提であり,医療関係者の初歩的,基本的な注意義務であって,病院全体が組織的なシステムを構築し,医療を担当する医師や看護婦の間でも役割分担を取り決め,周知徹底し,患者の同一性確認を徹底することが望ましいところ,これらの状況を欠いていた本件の事実関係を前提にすると,手術に関与する医師,看護婦等の関係者は,他の関係者が上記確認を行っていると信頼し,自ら上記確認をする必要がないと判断することは許されず,各人の職責や持ち場に応じ,重畳的に,それぞれが責任を持って患者の同一性を確認する義務があり,この確認は,遅くとも患者の身体への侵襲である麻酔の導入前に行われなければならないものというべきであるし,また,麻酔導入後であっても,患者の同一性について疑念を生じさせる事情が生じたときは,手術を中止し又は中断することが困難な段階に至っている場合でない限り,手術の進行を止め,関係者それぞれが改めてその同一性を確認する義務があるというべきである。」と判示した。
〇最判平20・3・27最高裁HP
業務上の過重負荷と基礎疾患が共に原因となって死亡した場合
「Aが急性心筋虚血により死亡するに至ったことについては,業務上の過重負荷とAが有していた基礎疾患とが共に原因となったものということができるところ,家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)にり患し,冠状動脈の2枝に障害があり,陳旧性心筋梗塞の合併症を有していたというAの基礎疾患の態様,程度,本件における不法行為の態様等に照らせば,上告人にAの死亡による損害の全部を賠償させることは,公平を失するものといわざるを得ない。」「裁判所が過失相殺に関する規定を類推適用するには賠償義務者によるその旨の主張を要しないことは前述のとおりであり,この点をおくとしても,前記2(2)記載の本件訴訟の経過にかんがみれば,第1審の段階では上告人においてAが家族性高コレステロール血症にり患していた事実を認識していなかったことがうかがわれるのであって,上告人の上記主張が訴訟上の信義則に反するものということもできない。」と判示した。
〇最判平20・ 4 ・24民集62巻5号1178頁
チーム医療における説明義務
「チーム医療の総責任者は,主治医の説明が十分なものであれば,自ら説明しなかったことを理由に説明義務違反の不法行為責任を負うことはないというべきである。また,主治医の上記説明が不十分なものであったとしても,当該主治医が上記説明をするのに十分な知識,経験を有し,チーム医療の総責任者が必要に応じて当該主治医を指導,監督していた場合には,同総責任者は説明義務違反の不法行為責任を負わないというべきである。このことは,チーム医療の総責任者が手術の執刀者であったとしても,変わるところはない。」と判示した。
〇最判平21・3・27 集民230号285頁
立証責任を事実上転換した事例 心臓マッサージ プロポフォールと塩酸メピバカインの併用
「本件病院の担当医師らは,手術創の縫合や気管内挿管等を先行させたことによって時間を費やした結果,心停止後早急に開始すべき心臓マッサージを心停止から5分以上経過して開始しており,心停止後直ちに心臓マッサージを開始しなかったことも,過失と評価することができる。」「原審は,塩酸メピバカインの投与量を減らしたとしても,その程度は麻酔担当医の裁量に属するものであり,その減量により本件心停止及び死亡の結果を回避することができたといえる資料もないから,死亡と因果関係を有する過失の具体的内容を確定することはできないとするけれども,上記のように,本件の個別事情に即した薬量の配慮をせずに高度の麻酔効果を発生させ,これにより心停止が生じ,死亡の原因となったことが確定できる以上,これをもって,死亡の原因となった過失であるとするに不足はない。塩酸メピバカインをいかなる程度減量すれば心停止及び死亡の結果を回避することができたといえるかが確定できないとしても,単にそのことをもって,死亡の原因となった過失がないとすることはできない。」と判示した。
〇最判平22・1・26最高裁HP
身体の拘束が違法ではないとされた事案
「入院患者の身体を抑制することは,その患者の受傷を防止するなどのために必要やむを得ないと認められる事情がある場合にのみ許容されるべきものであるが,上記(1)によれば,本件抑制行為は,Aの療養看護に当たっていた看護師らが,転倒,転落によりAが重大な傷害を負う危険を避けるため緊急やむを得ず行った行為であって,診療契約上の義務に違反するものではなく,不法行為法上違法であるということもできない。」と判示した。
〇最判平23・2・25最高裁HP
期待権侵害の限定
「患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に,医師が,患者に対して,適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは,当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるべきものであるところ,本件は,そのような事案とはいえない。」と判示した。
〇最判平28・7・19判例秘書
期待権侵害の限定
「C医師は,前記事実関係等のとおり, ICU内で,看護師と連携しつつ,自らも直接診断することにより,術後出血の徴候を含めた被上告人の経過観察を続け,その結果に応じた看護師への指示等を行ったというのであり,適時に頭部CT検査が実施されなかったといえるとしても,このようなC医師の医療行為が著しく不適切なものであったといえないことは明らかであるから,本件は,上記不法行為責任の有無を検討し得るような事案とはいえないというべきである。そして,前記事実関係等によれば,本件は,原審が適切であるものとして認定した医療行為を受けていたならば被上告人に重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性が証明されたとはいえないことも明らかであるから,上告人は,被上告人に対し,使用者責任を負わないというべきである。」と判示した。
○最判平31・3・12最高裁HP
自殺の具体的予見可能性否定
「上告人は,同年5月▲日頃,本件患者に希死念慮が強く出ていて危険である旨を記載した部分がある本件電子メールを読んだものの,本件患者の具体的な言動としては,本件患者が「これからは3人で生きて下さい」と発言した旨が伝えられたにすぎない。以上によれば,上告人が,抗精神病薬の服薬量の減量を治療方針として本件患者の診療を継続し,これにより本件患者の症状が悪化する可能性があることを認識していたことを考慮したとしても,被上告人X1からの本件電子メールの内容を認識したことをもって,本件患者の自殺を具体的に予見することができたとはいえない。」と判示した。
〇最判令5・1・27最高裁HP
単独での院内外出を許可されている任意入院者は無断離院をして自殺する危険性があることの説明義務を否定
「上告人が、本件患者に対し、本件病院と他の病院の無断離院の防止策を比較した上で入院する病院を選択する機会を保障すべきであったということはできず、これを保障するため、上告人が、本件患者に対し、本件病院の医師を通じて、上記3の説明をすべき義務があったということはできない。そうすると、本件病院の医師が、本件患者に対し、上記説明をしなかったことをもって、上告人に説明義務違反があったということはできないというべきである。」と判示した。
* 上記3の説明:「本件病院においては、平日の日中は敷地の出入口である門扉が開放され、通行者を監視する者がおらず、任意入院者に徘徊センサーを装着するなどの対策も講じていないため、単独での院内外出を許可されている任意入院者は無断離院をして自殺する危険性があること」
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