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最高裁医療判例real estate

最高裁医療判例
〇最判平14・11・8集民208号465頁

スティーブンス・ジョンソン症候群事件

精神科医は,向精神薬を治療に用いる場合において,その使用する向精神薬の副作用については,常にこれを念頭において治療に当たるべきであり,向精神薬の副作用についての医療上の知見については,その最新の添付文書を確認し,必要に応じて文献を参照するなど,当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの最新情報を収集する義務があるというべきである。本件薬剤を治療に用いる精神科医は,本件薬剤が本件添付文書に記載された本件症候群の副作用を有することや,本件症候群の症状,原因等を認識していなければならなかったものというべきである。

本件においては,3月20日に薬剤の副作用と疑われる発しん等の過敏症状が生じていることを認めたのであるから,テグレトールによる薬しんのみならず本件薬剤による副作用も疑い,その投薬の中止を検討すべき義務があった。すなわち,過敏症状の発生から直ちに本件症候群の発症や失明の結果まで予見することが可能であったということはできないとしても,当時の医学的知見において,過敏症状が本件添付文書の(2)に記載された本件症候群へ移行することが予想し得たものとすれば,本件医師らは,過敏症状の発生を認めたのであるから,十分な経過観察を行い,過敏症状又は皮膚症状の軽快が認められないときは,本件薬剤の投与を中止して経過を観察するなど,本件症候群の発生を予見,回避すべき義務を負っていたものといわなければならない。
 そうすると,本件薬剤の投与によって上告人に本件症候群を発症させ失明の結果をもたらしたことについての本件医師らの過失の有無は,当時の医療上の知見に基づき,本件薬剤により過敏症状の生じた場合に本件症候群に移行する可能性の有無,程度,移行を具体的に予見すべき時期,移行を回避するために医師の講ずべき措置の内容等を確定し,これらを基礎として,本件医師らが上記の注意義務に違反したのか否かを判断して決められなければならない。ところが,原審は,本件添付文書の上記各記載の存在を認定しながら,上記(1)記載の医療上の知見があったことを軽視し,上記の点を何ら確定することなく,本件医師らに本件症候群の発症を回避するための本件薬剤の投与中止義務違反等はないものと判断し,本件医師らの過失を否定した。

【要旨】したがって,原判決には,本件薬剤の投与についての本件医師らの過失に関する法令の解釈適用を誤った結果,審理不尽の違法があるといわざるを得ず,この違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。原判決は破棄を免れない。そして,本件については,以上の説示に従って過失の有無について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

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