最高裁医療判例real estate
最高裁医療判例
〇最判平15・11・11民集57巻10号1466頁
急性脳症事件 転送義務 相当程度の可能性
「本件診療中,点滴を開始したものの,上告人のおう吐の症状が治まらず,上告人に軽度の意識障害等を疑わせる言動があり,これに不安を覚えた母親から診察を求められた時点で,直ちに上告人を診断した上で,上告人の上記一連の症状からうかがわれる急性脳症等を含む重大で緊急性のある病気に対しても適切に対処し得る,高度な医療機器による精密検査及び入院加療等が可能な医療機関へ上告人を転送し,適切な治療を受けさせるべき義務があったものというべきであり,被上告人には,これを怠った過失があるといわざるを得ない。」「その転送義務に違反した行為と患者の上記重大な後遺症の残存との間の因果関係の存在は証明されなくとも,適時に適切な医療機関への転送が行われ,同医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受けていたならば,患者に上記重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う」とした。
被上告人は,初診から5日目の昭和63年10月3日午後4時ころ以降の本件診療を開始する時点で,初診時の診断に基づく投薬により何らの症状の改善がみられず,同日午前中から700tの点滴による輸液を実施したにもかかわらず,前日の夜からの上告人のおう吐の症状が全く治まらないこと等から,それまでの自らの診断及びこれに基づく上記治療が適切なものではなかったことを認識することが可能であったものとみるべきであり,さらに,被上告人は,上告人の容態等からみて上記治療が適切でないことの認識が可能であったのに,本件診療開始後も,午前と同様の点滴を,常時その容態を監視できない2階の処置室で実施したのであるが,その点滴中にも,上告人のおう吐の症状が治まらず,また,上告人に軽度の意識障害等を疑わせる言動があり,これに不安を覚えた母親が被上告人の診察を求めるなどしたことからすると,被上告人としては,その時点で,上告人が,その病名は特定できないまでも,本件医院では検査及び治療の面で適切に対処することができない,急性脳症等を含む何らかの重大で緊急性のある病気にかかっている可能性が高いことをも認識することができたものとみるべきである。
上記のとおり,この重大で緊急性のある病気のうちには,その予後が一般に重篤で極めて不良であって,予後の良否が早期治療に左右される急性脳症等が含まれること等にかんがみると,【要旨1】被上告人は,上記の事実関係の下においては,本件診療中,点滴を開始したものの,上告人のおう吐の症状が治まらず,上告人に軽度の意識障害等を疑わせる言動があり,これに不安を覚えた母親から診察を求められた時点で,直ちに上告人を診断した上で,上告人の上記一連の症状からうかがわれる急性脳症等を含む重大で緊急性のある病気に対しても適切に対処し得る,高度な医療機器による精密検査及び入院加療等が可能な医療機関へ上告人を転送し,適切な治療を受けさせるべき義務があったものというべきであり,被上告人には,これを怠った過失があるといわざるを得ない。
【要旨2】患者の診療に当たった医師が,過失により患者を適時に適切な医療機関へ転送すべき義務を怠った場合において,その転送義務に違反した行為と患者の上記重大な後遺症の残存との間の因果関係の存在は証明されなくとも,適時に適切な医療機関への転送が行われ,同医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受けていたならば,患者に上記重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解するのが相当である。
昭和51年の統計では,生存者中,その63%には中枢神経後遺症が残ったが,残りの37%(死亡者を含めた全体の約23%)には中枢神経後遺症が残らなかったこと,昭和62年の統計では,完全回復をした者が全体の22.2%であり,残りの77.8%の数値の中には,上告人のような重大な後遺症が残らなかった軽症の者も含まれていると考えられることからすると,これらの統計数値は,むしろ,上記の相当程度の可能性が存在することをうかがわせる事情というべきである。
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