最高裁医療判例real estate
最高裁医療判例
〇最判平18・10・27集民221号705頁
説明義務違反
(1) 医師は,患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては,診療契約に基づき,特別の事情のない限り,患者に対し,当該疾患の診断(病名と病状),実施予定の手術の内容,手術に付随する危険性,他に選択可能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などについて説明すべき義務があり,また,医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には,患者がそのいずれを選択するかにつき熟慮の上判断することができるような仕方で,それぞれの療法(術式)の違いや利害得失を分かりやすく説明することが求められると解される(最高裁平成10年(オ)第576号同13年11月27日第三小法廷判決・民集55巻6号1154頁参照)。
そして,医師が患者に予防的な療法(術式)を実施するに当たって,医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には,その中のある療法(術式)を受けるという選択肢と共に,いずれの療法(術式)も受けずに保存的に経過を見るという選択肢も存在し,そのいずれを選択するかは,患者自身の生き方や生活の質にもかかわるものでもあるし,また,上記選択をするための時間的な余裕もあることから,患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮の上判断することができるように,医師は各療法(術式)の違いや経過観察も含めた各選択肢の利害得失について分かりやすく説明することが求められるものというべきである。
(2)ア 前記事実関係によれば,Aの動脈りゅうの治療は,予防的な療法(術式)であったところ,医療水準として確立していた療法(術式)としては,当時,開頭手術とコイルそく栓術という2通りの療法(術式)が存在していたというのであり,コイルそく栓術については,当時まだ新しい治療手段であったとの鑑定人Fの指摘がある。
イ 記録によれば,本件病院の担当医師らは,開頭手術では,治療中に神経等を損傷する可能性があるが,治療中に動脈りゅうが破裂した場合にはコイルそく栓術の場合よりも対処がしやすいのに対して,コイルそく栓術では,身体に加わる侵襲が少なく,開頭手術のように治療中に神経等を損傷する可能性も少ないが,動脈のそく栓が生じて脳こうそくを発生させる場合があるほか,動脈りゅうが破裂した場合には救命が困難であるという問題もあり,このような場合にはいずれにせよ開頭手術が必要になるという知見を有していたことがうかがわれ,また,そのような知見は,開頭手術やコイルそく栓術を実施していた本件病院の担当医師らが当然に有すべき知見であったというべきであるから,同医師らは,Aに対して,少なくとも上記各知見について分かりやすく説明する義務があったというべきである。
ウ また,前記事実関係によれば,Aが平成8年2月23日に開頭手術を選択した後の同月27日の手術前のカンファレンスにおいて,内けい動脈そのものが立ち上がっており,動脈りゅう体部が脳の中に埋没するように存在しているため,恐らく動脈りゅう体部の背部は確認できないので,貫通動脈や前脈絡叢動脈をクリップにより閉そくしてしまう可能性があり,開頭手術はかなり困難であることが新たに判明したというのであるから,本件病院の担当医師らは,Aがこの点をも踏まえて開頭手術の危険性とコイルそく栓術の危険性を比較検討できるように,Aに対して,上記のとおりカンファレンスで判明した開頭手術に伴う問題点について具体的に説明する義務があったというべきである。
エ 以上からすれば,本件病院の担当医師らは,Aに対し,上記イ及びウの説明をした上で,開頭手術とコイルそく栓術のいずれを選択するのか,いずれの手術も受けずに保存的に経過を見ることとするのかを熟慮する機会を改めて与える必要があったというべきである。
オ そうすると,本件病院の担当医師らは,Aに対し,前記2(4)及び(6)の説明内容のような説明をしたというだけでは説明義務を尽くしたということはできず,同医師らの説明義務違反の有無は,上記イ及びウの説明をしたか否か,上記エの機会を与えたか否か,仮に機会を与えなかったとすれば,それを正当化する特段の事情が有るか否かによって判断されることになるというべきである。しかるに,原審は,上記の各点について確定することなく,前記2(4)及び(6)の説明内容のような説明をしただけで,開頭手術が予定されていた日の前々日のカンファレンスの結果に基づき,カンファレンスの翌日にコイルそく栓術を実施した本件病院の担当医師らに説明義務違反がないと判断したものであり,この判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,上記の趣旨をいうものとして理由がある。
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