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最高裁医療判例real estate

最高裁医療判例
〇最判平18・ 1 ・27集民219号361頁

多種類抗生剤投与事件

(1) 第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンの投与について原審が,上告人ら提出のI意見書によっても,当時の臨床医学においてはF医師らと同様に第3世代セフェム系抗生剤を投与するのがむしろ一般的であったことがうかがわれるとした上で,L意見書及びO鑑定書に基づいて,F医師らが第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与したことに過失があったとは認め難いとしたことは,原判決の説示から明らかである。

しかしながら,本件記録によれば,国立病院・国立療養所院内感染防止マニュアル作成委員会作成の院内感染防止マニュアル(甲1号証)には,第3世代セフェム系抗生剤は,広域の細菌に対して強い抗菌力を有するものの,ブドウ球菌に対する抗菌力が比較的弱いため,同抗生剤が濫用された結果,耐性を獲得したブドウ球菌であるMRSAが選択的に増殖し,病院内で伝ぱするようになったという経過があることに照らすと,MRSA感染症の発症を予防するためには,感染症の原因となっている細菌を正しく同定して,適切な抗生剤を投与すべきであり,第3世代セフェム系抗生剤の投与は避けるべきであると記載されているし,I意見書やQ(R大学医学部教授(細菌学教室))の意見書(追加)(甲25号証の1,以下「Q意見書」という。)にもこれと同趣旨の記載があることからすると,当時の臨床医学においては第3世代セフェム系抗生剤を投与するのがむしろ一般的であったことがうかがわれるとしても,直ちに,それが当時の医療水準にかなうものであったと判断することはできないものというべきである。

この点について,L意見書には,F医師らが臨床的に呼吸器感染を疑ってエポセリンを投与したことは妥当な選択であり,緑のう菌の対策としてスルペラゾンを投与したことも妥当であるとする記載部分があることは,原判決の説示するとおりである。しかし,本件記録によれば,L意見書は,エポセリンやスルペラゾンがその投与の時点で細菌に対する感受性を有していたことを指摘するにとどまるものであって,これらに代えて狭域の抗生剤を投与すべきであったか否かという点については検討をしていないことがうかがわれるのであり,同意見書が,被上告人提出のものであり,その内容について上告人らの尋問にさらされていないことも考慮すると,安易に同意見書の結論を採用することは相当でない。したがって,L意見書に上記記載部分があることをもって,F医師らが第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与したことの過失を否定する根拠とすることはできない。

そして,O鑑定書については,本件記録によれば,同鑑定書には,「抗生剤治療には一部不適切な部分が認められる」,「1月6日の血液検査で・・・ケフラール使用中にもかかわらず炎症反応が悪くなっていることから注射による抗生剤の治療が必要と考えられるが,実際に注射が投与されたのは1月12日であり,選択した薬剤も抗菌力はあるもののブドウ球菌に対して比較的弱いとされている第3世代に属するエポセリンを選択している」など,F医師らが抗生剤として第3世代セフェム系のエポセリンを選択したことが,当時の医療水準にかなうものではないという趣旨の指摘をするものと理解できる記載があることがうかがわれる。

そうすると,当時の臨床医学においてはF医師らと同様に第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与することがむしろ一般的であったことがうかがわれるというだけで,それが当時の医療水準にかなうものであったか否かを確定することなく,同医師らが第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与したことに過失があったとは認め難いとした原審の判断は,経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。

(2) バンコマイシンの不使用について
原審が,O鑑定書,I意見書及びL意見書に基づいて,F医師らが2月1日ころの時点でバンコマイシンを投与していないことに過失があるということはできないとしたことは,原判決の説示から明らかである。

そして,O鑑定書には,MRSAの保菌者に対する安易なバンコマイシンの使用については,バンコマイシンに対する耐性菌を生み出し,その後の耐性菌に対する治療が深刻な問題になる危険をはらんでいるとした上で,F医師らの投与したミノマイシンとバクタによっても,時間を要したものの,Dの便からMRSAが消失したという臨床経過が認められるのであるから,同医師らの処置が不適切であったとまでは断定できないとする記載部分があることも,原判決の説示するとおりである。

しかしながら,本件記録によれば,O鑑定書には,「抗生剤治療には一部不適切な部分が認められる」,「Dは高齢で,かつ基礎疾患に脳こうそくがあるために寝たきりの状態であること,1月28日のかくたんからMRSAが出ていること,1月15日から下痢が続いていることからMRSA腸炎の存在を念頭に置く必要がある。2月3日に2月1日に検査したふん便からMRSAが証明された時点でバンコマイシンの経口投与を開始することの是非が検討されるべきと考える。治療としてバンコマイシンの経口投与を選択する理由としては以下に述べる理由が挙げられる。@感染に対する抵抗力の弱い高齢者である。A既にかくたんからMRSAが検出されている。B下痢を伴っており,MRSAの腸管の感染(保菌ではない)の可能性がある。・・・Dバンコマイシンを経口投与した場合に,この薬剤は腸管からの吸収が悪く,未吸収の薬剤が高濃度に腸の中に存在することから腸内のMRSAに対して効果が十分に期待できる。」,「理論的にはバクタはバンコマイシンに比べて腸管からの吸収が良いことから腸管内のMRSAに対しての効果はバンコマイシンほどではないと考えられ,鑑定人としては第一選択薬としてはバンコマイシンを推奨する」,「2月3日に便からMRSAが検出されていることが判明し,下痢が続いていた時点でMRSA感染症と判断してバンコマイシンが使用されていれば,今回の臨床経過に比べてより早く便からMRSAが消失したことが予想される。」,「2月に抗MRSA薬を開始していれば結果が異なった可能性はある。」,「その後MRSAの定着が抑制されれば死亡という最悪の事態は避けられたことも考えられる」など,F医師らが2月1日ころの時点でバンコマイシンを投与しなかったことが,当時の医療水準にかなうものではないという趣旨の指摘をするものと理解できる記載もあることがうかがわれる。

また,I意見書には,F医師らが2月1日ころの時点でバンコマイシンを投与していないことを問題にする記載部分がないことは,原判決の説示するとおりであるが,本件記録によれば,同意見書には,上記時点のDの具体的症状をMRSA感染症又はその疑い例に当たると評価すべきなのか,MRSAの保菌にすぎないと評価すべきなのかについては触れられていないものの,MRSA感染症又はその疑い例に対しては,平成5年当時も現在もバンコマイシンが第1選択薬であるのは世界的な水準であり,そのこと自体には何らのしゅん巡も不要であるなどの記載もあり,同意見書が,同医師らが上記時点でバンコマイシンを投与しなかったことについて,当時の医療水準にかなうものであるという趣旨の指摘をするものであるか否かは,明らかではないといわざるを得ない。したがって,I意見書に上記記載部分がないことをもって,F医師らが上記時点でバンコマイシンを投与しなかったことの過失を否定する根拠とすることはできない。

さらに,L意見書には,F医師らが2月1日ころの時点でバンコマイシンを投与していないことを問題にする記載部分がないことは,原判決の説示するとおりであるが,本件記録によれば,同意見書は,同医師らが上記時点でバンコマイシンを投与していないことに問題がなかったともしていないのであり,同意見書が,同医師らが上記時点でバンコマイシンを投与しなかったことについて,当時の医療水準にかなうものであるという趣旨の指摘をするものであるか否かは,明らかではないといわざるを得ない。したがって,L意見書に上記記載部分がないことをもって,F医師らが2月1日ころの時点までにバンコマイシンを投与しなかったことの過失を否定する根拠とすることはできない。

【要旨】そうすると,O鑑定書,I意見書及びL意見書に基づいて,F医師らが2月1日ころの時点でバンコマイシンを投与しなかったことに過失があるということはできないとした原審の判断は,経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。

(3) 多種類の抗生剤の投与について
原審が,上告人ら提出のI意見書によっても,実情としては多種類の抗生剤を投与することが当時の医療現場においては一般的であったことがうかがわれるとした上で,O鑑定書及びL意見書に基づいて,F医師らが多種類の抗生剤を投与したことに過失があったとは認め難いとしたものであることは,原判決の説示から明らかである。

しかしながら,本件記録によれば,前記院内感染防止マニュアルには,MRSA感染症の発症を予防するためには,科学的評価に基づく適正な種類の抗生物質のみを使用すべきであると記載されているし,I意見書やQ意見書にもこれと同趣旨の記載があることからすると,実情としては多種類の抗生剤を投与することが当時の医療現場においては一般的であったことがうかがわれるとしても,直ちに,それが当時の医療水準にかなうものであったと判断することはできないものというべきである。

また,O鑑定書には,F医師らが多種類の抗生剤を投与したことを問題にする記載部分がないことは,原判決の説示するとおりであるが,本件記録によれば,同医師らが多種類の抗生剤を投与したことの適否については,鑑定事項とされなかったために,同鑑定書には,この点についての鑑定意見の記載がないことがうかがわれ,同鑑定書に上記記載部分がないことをもって,同医師らが多種類の抗生剤を投与したことの過失を否定する根拠とすることはできない。

さらに,L意見書には,F医師らの抗生剤の使用が,全体としては当時の医療レベルで許容範囲内のものであったとする記載部分があることは,原判決の説示するとおりであるが,本件記録によれば,同意見書は,被上告人提出のものでありながら,「4月初旬の計5種類の抗生物質併用は問題無しとは言えない。」,「使用意義の理解できないものに3月27日〜4月5日のビクシリン,5月に行われたアザクタム,チェナム併用がある。前者は何を目標にしたのか不明であり,後者は抗菌機序からみて併用する意味はない。」,「保険適応外の抗生物質を含んだ多剤投与や・・・一部に無意味と思われる併用等,2,3の問題は残る。」,「Dさんに使われた抗生物質をみるとやや“薬漬け”の感が無くはない」など,同医師らが必要のない抗生剤を投与したことなどが,当時の医療水準にかなうものではないという趣旨の具体的かつ批判的な指摘をするものと理解できる記載があることがうかがわれる。

そうすると,実情としては多種類の抗生剤を投与することが当時の医療現場においては一般的であったことがうかがわれるというだけで,それが当時の医療水準にかなうものであったか否かを確定することなく,F医師らが多種類の抗生剤を投与したことに過失があったとは認め難いとした原審の判断は,経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。

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