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最高裁医療判例real estate

最高裁医療判例
〇最判令5・1・27最高裁HP

単独での院内外出を許可されている任意入院者は無断離院をして自殺する危険性があることの説明義務を否定

主 文
1 原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
2 前項の部分に関する被上告人の請求を棄却する。
3 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理 由
上告代理人森脇正、同寺内沙由貴の上告受理申立て理由第2及び第3について
1 本件は、統合失調症の治療のため、上告人の設置する香川県立丸亀病院(以下「本件病院」という。)に入院した患者(以下「本件患者」という。)が、入院中に無断離院をして自殺したことについて、本件患者の相続人である被上告人が、上告人には、診療契約に基づき、本件病院においては無断離院の防止策が十分に講じられていないことを本件患者に対して説明すべき義務があったにもかかわらず、これを怠った説明義務違反があるなどと主張して、上告人に対し、債務不履行に基づく損害賠償を請求する事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 本件患者は、平成7年頃から、複数の精神科病院に入通院していたところ、平成8年8月、本件病院を受診し、統合失調症と診断された。以後、本件患者は、本件病院において統合失調症の治療を受けるようになり、平成21年7月までの間に、合計6回にわたり、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」という。)22条の4第2項(平成25年法律第47号による改正前のもの)にいう任意入院者として入院した(以下、同項にいう任意入院者としての入院を「任意入院」という。)。上記各入院中、本件患者が自傷行為や自殺企図に及んだことはなく、無断離院をしたこともなかった。
(2) 本件患者は、平成21年11月26日、統合失調症の治療のため、本件病院に任意入院(以下「本件入院」という。)をした。
本件患者は、本件入院に際して、主治医から、本件入院中の処遇につき、原則として、開放的な環境での処遇(本人の求めに応じ、夜間を除いて病院の出入りが自由に可能な処遇をいう。以下「開放処遇」という。)となるが、治療上必要な場合には、開放処遇を制限することがある旨等が記載された書面を交付された。
(3) 本件病院の精神科においては、任意入院者は、原則として、入院後しばらくの間病棟からの外出を禁止されるが、その後、症状が安定し、主治医において自傷他害のおそれがないと判断したときは、本件病院の敷地内に限り単独での外出を許可されていた(以下、病棟から上記敷地内への外出を「院内外出」という。)。
病棟の出入口は、常時施錠されており、単独での院内外出を許可されている任意入院者が院内外出をするときは、鍵を管理している看護師にその旨を告げ、看護師が上記出入口を開錠するなどして、当該任意入院者を病棟から出入りさせていた。
また、本件病院の敷地は、門扉が設置された1箇所を除き塀で囲まれていたが、上記門扉は、平日の日中は開放され、その付近に守衛や警備員はおらず、監視カメラ等も設置されていなかった。
(4) 本件患者は、本件入院当初、病棟からの外出を禁止されていたが、平成21年12月1日から、単独での院内外出を許可された。その後、主治医の判断により、単独での院内外出を禁止される期間もあったが、平成22年6月16日には、再び単独での院内外出を許可された。
(5) 本件患者は、平成22年7月1日、看護師に対し、本件病院の敷地内の散歩を希望する旨を告げて病棟から外出し、そのまま本件病院の敷地外に出た後、本件病院の付近の建物から飛び降りて自殺した。当時、本件患者は、単独での院内外出を許可されていたが、上記敷地外への単独での外出は許可されていなかった。
なお、本件患者は、本件入院中、自殺企図に及んだり、希死念慮を訴えたりすることはなかった。
(6) 精神保健福祉法36条1項は、精神科病院の管理者は、入院中の者につき、その医療又は保護に欠くことのできない限度において、その行動について必要な制限を行うことができると規定する。そして、同法37条1項の委任に基づき厚生労働大臣が精神科病院に入院中の者の処遇について定めた「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第37条第1項の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準」(昭和63年厚生省告示第130号)は、任意入院者は、原則として、開放処遇を受けるものとし、開放処遇の制限は、当該任意入院者の症状からみて、その開放処遇を制限しなければその医療又は保護を図ることが著しく困難であると医師が判断する場合にのみ行われる旨定めている。
(7) 本件入院当時、精神科病院の中には、無断離院の可能性が高い患者に対しては、院内の移動に際して付添いを付けたり、徘徊センサーを装着したりするといった対策を講じている病院もあった。もっとも、多くの精神科病院においてこれらの対策が講じられていたわけではなかったし、本件入院当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準において、無断離院の防止策として徘徊センサーの装着等の措置を講ずる必要があるとされていたわけでもなかった。

3 原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断し、説明義務違反を理由とする被上告人の損害賠償請求を一部認容した。
統合失調症の治療のため任意入院をしている患者は、一般に無断離院をして自殺する危険性が高いという特質を有すること、本件患者も、本件入院に際して、自らが自傷他害に及ぶおそれがあると認識し、本件病院に入院することにより適切に自己の症状が管理されると期待していたと推認されること等に照らせば、本件患者と上告人との間で締結された診療契約においては、本件病院における無断離院の防止策の有無及び内容が契約上の重大な関心事項になっていたということができる。そうすると、上告人は、本件患者に対し、無断離院の防止策を講じている他の病院と比較した上で入院する病院を選択する機会を保障するため、本件病院の医師を通じて、本件病院においては、平日の日中は敷地の出入口である門扉が開放され、通行者を監視する者がおらず、任意入院者に徘徊センサーを装着するなどの対策も講じていないため、単独での院内外出を許可されている任意入院者は無断離院をして自殺する危険性があることを説明すべき義務を負っていたというべきであり、上告人にはこれを怠った説明義務違反がある。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
前記事実関係等によれば、任意入院者は、その者の症状からみて医療を行い、又は保護を図ることが著しく困難であると医師が判断する場合を除き、開放処遇を受けるものとされており、本件入院当時の医療水準では無断離院の防止策として徘徊センサーの装着等の措置を講ずる必要があるとされていたわけでもなかったのであるから、本件病院において、任意入院者に対して開放処遇が行われ、無断離院の防止策として上記措置が講じられていなかったからといって、本件病院の任意入院者に対する処遇や対応が医療水準にかなうものではなかったということはできない。
また、本件入院当時、多くの精神科病院で上記措置が講じられていたというわけではなく、本件病院においては、任意入院者につき、医師がその病状を把握した上で、単独での院内外出を許可するかどうかを判断し、これにより、任意入院者が無断離院をして自殺することの防止が図られていたものである。これらの事情によれば、任意入院者が無断離院をして自殺する危険性が特に本件病院において高いという状況はなかったということができる。さらに、本件患者は、本件入院に際して、本件入院中の処遇が原則として開放処遇となる旨の説明を受けていたものであるが、具体的にどのような無断離院の防止策が講じられているかによって入院する病院を選択する意向を有し、そのような意向を本件病院の医師に伝えていたといった事情はうかがわれない。
以上によれば、上告人が、本件患者に対し、本件病院と他の病院の無断離院の防止策を比較した上で入院する病院を選択する機会を保障すべきであったということはできず、これを保障するため、上告人が、本件患者に対し、本件病院の医師を通じて、上記3の説明をすべき義務があったということはできない。そうすると、本件病院の医師が、本件患者に対し、上記説明をしなかったことをもって、上告人に説明義務違反があったということはできないというべきである。

5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中上告人敗訴部分は、破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、上記部分に関する被上告人の請求は理由がないから、同請求を棄却すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官三浦守 裁判官草野耕一 裁判官岡村和美 裁判官尾島明)

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