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下級審医療判例real estate

仙台地判平18.1.26
                     主    文   
1 被告は,原告に対し,7447万8634円及びこれに対する平成16年6月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決の第1項は仮に執行することができる。
                     事実及び理由
(略)
第3 当裁判所の判断
1 平成14年の検査の当時,肺癌がリンパ節に転移していたかどうか
本件の最大の争点は,Aの逸失利益の算定に当たり,何年間生存できたかどうかであるところ,これは,平成14年の検査のときのAの肺癌の病状(ステージ分類)にかかわる。なお,Aの肺癌の病状については,上記のTNM分類によるところのT及びM因子については争いがないので,N因子(リンパ節転移の有無)について以下検討する。
(1) 平成14年の検査当時のレントゲン写真の検討
ア 平成14年の検査当時のレントゲン写真による検討
甲B1によれば,肺門部リンパ節転移があったかどうかについての診断は,CTにおいてもMRIにおいても,短径が1センチメートル以上のリンパ節腫大を転移陽性と診断する基準が用いられていることが認められる。また,甲B4によれば,肺門部陰影は,左右肺動静脈,左右気管支の壁,リンパ節よりなり,X線像の主体をなすものは,肺動静脈で一部のみに気管支壁が関与していると考えて差し支えないこと,たとえ,正常リンパ節がその陰影の一部をなしているとしても,石灰沈着がない限りそれと同定することはできないことが認められる。また,証人Gによれば,レントゲンの間接撮影では,リンパ節は通常のレントゲン像には写らないことと,平成14年と平成15年のAの胸部レントゲン写真には,リンパ節そのものは写っておらず,これらによってはリンパ節そのものが大きくなっていることの判定はできないことが認められる。
加えて,平成14年,15年のAのレントゲン写真を医師が読影した結果(甲A1,2)によっても,所見区分にリンパ節腫脹,肺門部腫大という項目があるにもかかわらず,異常は指摘されていない。
なお,被告は,定期健康診断時の読影は,多数の受診者を対象とし,読影者の疲労や経験によって影響を受け,フィルムサイズが小さいので,直接撮影に比べて読影が不利であり,正常と異常の境界の設定が困難であらゆる検査につきまとう特異性と感受性の妥協点を見いだすことが容易でないなどの制約と限界があると主張するが,かかる状況があるとしても,読影結果を記している胸部X線検査チェック表にリンパ節腫脹,肺門部腫大という項目がある以上,この点も読影の対象となっており,読影時の医師はリンパ節腫大や肺門部腫大の所見は無かったと読影したことは認められる。
イ 平成13年,14年,15年の各検査当時のレントゲン写真の比較による検討
さらに,被告は,平成14年,15年の検査時のレントゲン写真と,平成13年の検査時のレントゲン写真を比較すれば(乙A2),明らかに肺門部のリンパ節が腫大していると主張し,証人Gもその旨述べる。
しかし,同証人が指摘した部分を精査しても,明らかに肥大しているとは認められない。Aに実施された検査は,レントゲンの間接撮影であるから,撮影条件による写り方の違いも考慮に入れる必要があり,肺門部の見え方に変化が見られたからといって直ちに肥大していると判断することはできない。
結局,平成13年,14年,15年の各検査時のレントゲン写真を比較しても,平成14年の検査当時に,Aの肺癌がリンパ節に転移していたと認めることはできない。
(2) Aの病状の経過からの検討
Aが平成15年の検査結果を受け,C病院で肺癌と診断されて,D病院で治療を開始したのは平成15年6月からであるが,この当時の病状から遡って1年前である平成14年の検査時に既に肺癌のリンパ節転移があったことが認められるのであれば,ステージ分類のN因子に影響するので検討する。
Aの平成15年の胸部レントゲン写真によれば,左側上肺野の異常陰影,石灰化,両側全肺野の粒状陰影が認められ,両肺に癌が転移していることが認められる。このような状況になるまでには,原発巣からリンパ節に転移があって拡大し,血管壁を破って左右平等に血行を通して分布されたという経過を辿ったものと推測される(証人G)。しかし,リンパ節に転移してからかかる状況になるまでどの程度の時間がかかるかについては,何ら立証がなく,被告に所属するIセンターの所長である証人Gも分からないと述べるにとどまる。
そうすると,平成15年のAの肺癌の状態から,平成14年の検査のときに,Aの肺癌がリンパ節に転移していたと認めることはできず,他に平成14年の検査時点でAの肺癌がリンパ節に転移していたことを認めるに足りる証拠はない。
(3) 上記によれば,Aの平成14年度の肺癌の臨床病期はcT1N0M0であり,ステージIAであると認められる。そうすると,IAの5年生存率は72パーセントであり,Aに外科的治療を妨げるような既往症は存しなかったのであるから,平均余命まで生存することができた高度の蓋然性があったと認めることができる。  
2 損害額
(1) 入院治療費 302万4070円
甲C1の1ないし18,6の8及び9より,原告主張金額の全部が認められる。
(2) 入院雑費   33万3000円
甲C1の1ないし18,6の8及び9より,入院日数合計222日であり,1日あたり1500円の雑費を要したと認めることができる。
(3) 通院治療費 36万0530円
甲C6の1ないし7,10より,AはC病院に原告主張のとおり通院し,治療費として合計2万9440円を支払ったことが認められる(通院日数7日)。
甲C1の19ないし37より,AはD病院に原告主張のとおり通院し,治療費として23万0990円を支払ったことが認められる(通院日数14日)。
甲C5の1ないし3より,AはEクリニックに平成15年6月15日に通院し,治療費及びレントゲン費用として4万4220円を支払ったことが認められる(通院日数1日)。
甲C3の1ないし21,4の1ないし10より,AはFクリニックに原告主張のとおり通院し,治療費及び薬代として5万5880円を支払ったことが認められる(通院日数21日)。
(4) 入通院慰謝料 300万円
上記(2)及び(3)で認定したとおり,Aの入院日数は222日,通院日数は43日であり,これを慰謝するためには300万円が相当である。
(5) 逸失利益 3219万1734円
上記で検討したとおりAは平均余命まで生存できた高度の蓋然性がある。平成16年賃金センサス第1巻第1表女性労働者学歴計,企業規模計における平均年収は349万0300円で,甲A3によれば,Aは母子家庭で一家の支柱というべき存在であったから,生活費控除を40パーセントとして,Aの死亡時である37歳から67歳まで30年の逸失利益をライプニッツ方式(ライプニッツ係数15.372)で計算すると,下記のとおりである。
349万0300円×(1−0.4)×15.372=3219万1734円
(6) 葬儀費  150万円
葬儀費用として150万円が相当である。
(7) 健康補助食品,温熱療法費  6万9300円
健康補助食品については,甲C2の1ないし4により28万1505円を支払った事実が認められるが,これについては,肺癌の治療に必要であったことを認めるに足りる証拠がない。温熱療法については,甲C2の5から,6万9300円の支出があったことと,医師であるFクリニックの紹介によって機器を購入したことが認められるので,相当因果関係が認められる。
(8) 死亡慰謝料 2800万円
Aが母子家庭を支えていたことを考慮すると,死亡慰謝料としては2800万円が相当である。
(9) 弁護士費用 600万円
本件の審理経過,上記(1)ないし(8)の損害合計額が6847万8634円であること等の諸般の事情を考慮し,弁護士費用として600万円を相当と認める。
(10) 損害額合計 7447万8634円
上記(1)ないし(9)の損害額の合計は7447万8634円で,原告は,Aの子としてこれを相続した。
3 結論
以上検討したところによれば,原告の主張は,7447万8634円及びこれに対する平成16年6月10日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払の限度で理由があり,被告の仮執行免脱宣言の申立は相当でないからこれを却下することとして,主文のとおり判決する。

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