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下級審医療判例real estate

高松高判平17.5.17
                    主       文
1 控訴人らの控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人三豊総合病院組合は,控訴人Aに対して2781万7596円,同B及び同Cに対してそれぞれ1390万8798円並びにこれらの各金員に対する平成10年12月6日から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。
(2) 被控訴人Dは,控訴人Aに対して2225万4077円,同B及び同Cに対してそれぞれ1112万7038円並びにこれらの各金員に対する平成10年12月6日から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。
(3) 控訴人らの被控訴人らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
2 被控訴人Dの控訴人らに対する附帯控訴をいずれも棄却する。
3 控訴人らと被控訴人らとの間に生じた訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その4を被控訴人らの負担とし,その余を控訴人らの負担とする。
4 この判決は,1項(1)及び(2)につき仮に執行することができる。
                    事 実 及 び 理 由
(略)
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(被控訴人Dの責任原因の有無,過失相殺の可否及び割合)について
(1) 先に引用した原判決の前提となる事実,証拠(甲3,乙イ3の2〜5,3の12・13,3の15・16,被控訴人D本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
イ 本件道路は,香川県観音寺市a町b番地をほぼ東西に走る交通閑散な直線道路であって,本件事故現場付近で北側にF病院の駐車場と接している。
ロ Eは,本件被害車両を運転して本件道路を東方に向かって進行していたところ,本件事故直前に,本件事故現場から西方約40メートルの地点にある交差点において,一時停止を怠って走行し,同交差点を北方に向かって進行してきた自動車と衝突しそうになりながら衝突せずに通り過ぎることができたが,同自動車の運転手に怒鳴られたのに気付き,走行を続けながら声のした方向を左側から振り返って見るなどしていたので,前方注視義務が十分ではなかった。
ハ 一方,被控訴人Dは,F病院駐車場に駐車していた本件加害車両に乗り込み,駐車場から南側の本件道路に出ようとしたが,その際,他の駐車車両のために本件加害車両から見て右側(西方)の見通しが遮られていたので,本件道路に出る手前で一旦停止した上 発進右折し,西方に向かって進行し始めたところ,折から本件道路を東方に向かって進行し,上記ロの状態から前方正面を見るに至ったばかりのEの運転する本件被害車両を発見し,急ブレーキを踏んだものの間に合わず,本件加害車両の左前部と本件被害車両の左前部及び左側部とを衝突させ,その運転者であるEを路上に転倒させる事故を起こした。
ニ 衝突の位置は,本件加害車両が本件道路に出る手前で一旦停止した位置から約11.9メートルの位置であり,本件事故現場付近の形状,駐車車両の位置,本件加害車両と本件被害車両の進路と衝突位置は,原判決別紙図面(平成10年11月14日実施の実況見分調書に添付されているもの(乙イ3の3と同じ)。)記載のとおりである。
(2) 以上を前提として判断する。
上記のとおり,被控訴人Dは,駐車場から本件道路に進出し,右折進行を始めたのであるから,本件道路を進行中の車両等がある場合に備え,進路前方を十分注視し,安全を確認してから路上に進出すべき注意義務があったにもかかわらず,この義務に違反して本件加害車両を進行させ,本件加害車両を本件被害車両に衝突させる本件交通事故を惹起した過失があることは明らかである。本件道路を進行する車両が道路外から本件道路に進入する車両に優先権があると解されるから,本件交通事故の主たる原因が被控訴人Dの前方確認の懈怠にあると認められる。
一方,Eも,原動機付自転車を運転して本件事故現場に向かって本件道路を進行するに当たり,前方を注視し,交通事情に応じた走行をすべき義務があるにもかかわらず,前方注視義務を怠り,後方を見るなどしながら走行していたのであるから,本件交通事故発生につき,Eにも著しい過失があったといわざるを得ない(Eが本件交通事故直前に後方を
見ながら本件被害車両を運転していたという点についての乙イ3の5(Gの供述調書)の内容は,甲3の内容とも合致しており,信用性がある。)。
この点に基づき,本件交通事故の損害については,Eに20%の過失相殺をすることが相当である。
2 争点(2)(被控訴人組合の責任の有無)について
(1) 事実
先に引用した原判決の前提となる事実,証拠(甲3,甲4,甲24,甲26,乙ロ1ないし乙ロ14,乙ロ15の1ないし5,乙ロ16の1及び2,乙ロ18ないし20の各1,2,乙ロ23ないし乙ロ27,証人H,証人I,証人J,証人K,控訴人C本人(いずれも以下の認定に反する部分を除く。))及び各項目に掲記の証拠並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
イ 平成10年(以下日付のみ記載した部分は,平成10年を指す )。
11月ないし12月当時,被控訴人病院の脳神経外科には,脳神経外科部長のH医師,I医師及びJ医師の3名の医師がいた(以下それぞれ「H部長」,「I医師」,「J医師」という。)。
I医師は,昭和55年以来複数の病院の脳神経外科で勤務した後,昭和62年11月以来被控訴人病院の脳神経外科に勤務しており,この間,脳神経外科の専門医の資格も取得している。J医師も平成6年以来複数の病院の脳神経外科で勤務を続けた後,平成10年10月1日から被控訴人病院に勤務し,平成6年以来本件までに約200例の脳外科手術に携わっていた。
ロ 被控訴人病院では,11月ないし12月当時,夜間,土曜及び休日は,内科系と外科系各1名の合計2名の医師が当直する体制がとられていたが,このような一般的な扱いに加え,特に脳外科では,土・日曜などの休診日には,I医師とJ医師が交互に当番として自宅またはその近辺に待機し,入院患者に急変があったり,脳外科医でなければ対処できない外来患者があったりしたときには,当番医師が病院に赴き,処置を施すこととされていた。
本件交通事故のあった11月14日は土曜日であり,当番でないJ医師は,高松市内で開催された学会に出席していた。一方,当番のI医師は,病院から距離にして約100メートル,時間にして徒歩5分以内の場所にある官舎で待機していた。同日(以下,時間のみ記載した部分は 平成10年11月14日を示す , 。)午前11時15分ころ,被控訴人病院の交換を通じ,F病院のF医師から電話があり,同医師から,交通事故で頭部を負傷した患者を搬送するので診察してほしい旨の依頼があった。そこで,I医師は,ただちに病院に赴き,患者であるEの到着を待ち,Eは,午前11時40分ころ病院に到着した。
ハ I医師は,Eの全体の様子を観察するとともに,F病院からの紹介状を読み F病院において午前10時50分に撮影されたCT写真 乙 , (ロ14)を検討した。なお,F病院で使用されているCTと被控訴人病院で使用されているCTとは,機種こそ違うものの,精度の差はなかった。
I医師は,まず,上記紹介状の記載から,Eが午前10時30分ころ交通事故にあったこと,左側頭部に外傷があり,CTにより右脳室内に出血が認められたこと,診断当時の意識レベルはJCS1点(大体意識清明だが,今ひとつはっきりしない程度)であったことなどを知った。
I医師がEを観察したところ,ややぼーっとしてはいたが,左股関節部の痛みを訴えるなど会話が可能で,意識もはっきりしていると認められ,頭痛の訴えはなく,瞳孔の大きさは左右等しく,対光反射も速やか,眼球運動も良好で眼振はなく,四肢麻痺その他の運動障害,感覚障害も認められなかった。脈拍数はやや多めであった。また,このとき撮影された頭部,胸部及び骨盤のレントゲン写真においても,左の胸膜に石灰化がみられ,前頭骨に線状骨折が疑われる所見があった以外に特に異常は認められなかった。なお,レントゲン検査直後にも嘔吐があった。
上記CT写真によれば,Eの頭部において,シルビウス裂から橋の右側及び迂回槽にかけての部位(同部位に連続する小脳テント上の部分を含む。)にくも膜下出血が生じていることが確認された。なお,F医師の紹介状にはCTにより右脳室内に出血が認められたとの判断が記載されているが,I医師は,自ら同じCT写真を精査した上で,脳室内の出血は認められないと判断し,また,Eが搬送中の救急車内で2度嘔吐した事実についても,くも膜下出血に通常付随する症状であると判断した。
そして,I医師は,精度の点で被控訴人病院のCTと差がなく,し
かも,今回の診察の約50分前に撮影された上記CT写真において,くも膜下出血はあるものの,脳内に一定以上の大きさの脳内血腫が形成されていないことが明らかであった上,Eの症状にもF病院での診察時と比べて変化がなかったことから,診断には上記CT写真があれば十分であり,被控訴人病院においてただちにCT撮影をする必要はないと判断した。
I医師は,以上の観察と検討に基づき,Eに生じたくも膜下出血は外傷性のものであるから,これだけでは手術適応はないが,受傷直後に発見されたくも膜下出血のほかに,頭蓋内で今後新たに出血が始まるなどして血腫が形成される可能性があると考え,入院の上,少なくとも2週間程度の経過観察が必要だと判断した。
そこで,午後零時30分にEを入院させる措置をとり,このころ,看護婦に対し,出血予防のため止血剤(トランサミンとアドナ),嘔気を抑制する薬剤(プリンペラン)を点滴に加えて投与することと当日は2時間おきにバイタルサイン(体温,血圧,脈拍)の測定,頭痛の有無,意識レベル,四肢麻痺の有無,瞳孔等について観察し,異常を認めた場合には連絡するよう指示した。
ニ 治療を開始するに当たり,I医師は,控訴人Aに対し,Eの症状及び治療の内容について,上記のとおり説明したほか,今後の予測等について,一般に出血は時間がたてば自然に吸収されていくが,Eの場合,右側の脳へ向かう太い血管の周囲に出血があるので,その影響により,一時的に血管が収縮し細くなる(脳血管れん縮)ことがあり,この症状が非常に強いと脳梗塞を起こすこともあること,その他種々の合併症を併発する可能性も否定できないことを説明し,了解された。
I医師は,以上の診断,指示,説明及び診断書等の作成を終え,午後1時過ぎころ病院を退出し,その後は,容態の急変等があればいつでも出動できるよう,上記のとおり,上記官舎で待機していた。
ホ 脳神経外科と泌尿器科がある東2階病棟の11月14日(土)の看護体制は,日勤(午前8時15分から午後5時まで)2名,半日勤(午前8時15分から午後零時15分まで)1名,早出(午前7時から午後3時45分まで)1名,遅出(午後3時15分から午後10時まで)1名の看護師が当たるように組まれており,Eが入院した12時30分ころには,K(旧姓O。以下「O看護師」という。)を含む3名の看護師が,ベッド数40の東2階病棟で看護に当たっていた。O看護師は,平成9年3月に正看護婦としての資格を取得し,同年4月に被控訴人病院に採用され,以来,本件当時まで約1年8か月間,東2階
病棟を担当していた。
O看護師は,I医師からの上記指示に従い,午後零時30分に,バイタルサインの測定,意識レベル,四肢麻痺の有無,瞳孔等について観察したところ,少しぼうっとしている様も,名前等クリアで意識レベル0点と判断し,嘔気は今は収まったが,前額部が痛い,血圧110〜50o ,体温36.3度であった。その結果を監視表及び看護記録に記載した上,問題なしと判断した。
午後零時40分ころ,家族がEに本件交通事故のことを尋ねると,「倒れてから病院に来るまでなんちゃ覚えとらん」と答えた。
午後1時ころ,家族からナースコールで受け皿をO看護師から受け,Eは唾液様のものを少量嘔吐 O看護師は頭痛もあることを確認した。
午後2時20分ころ,Eは手を口に持っていき,入院時に外された「(入れ)歯がない。」「気持ち悪い。」といった。そこで,家族が看護師詰所にコップを借りにいくが,O看護師と別の看護師から水を飲ませない方がよいといわれた。
午後3時ころ O看護師が経過観察をした。血圧140〜70o,体温37.0度,吐き気も時折あるようだが 今は落ち着いている旨,本件交通事故のことはあやふやである旨家族から聞いた。Eは名前,年齢,主人の名等を言えた。ただ,質問にすぐに答えられず,一呼吸から二呼吸おいて答えた。四肢の麻痺はなく,瞳孔の異常もなかった。
そのころ,I医師は,O看護師から上記Eの様子を血液検査の結果とともに報告を受けた。
午後3時30分ころ,Eは眉間に皺を寄せ,「頭が痛い,痛い。」としきりに訴え,午後4時25分ころまで続いた。
午後4時20分ころ,嘔吐した。家族が高血圧の常用している数種類の薬を見せ,「これで全部?」と尋ねると「さあ・・・」とあやふやな答えをした。
午後4時25分ころにも頭痛が継続し,嘔吐したので,家族がナースコールをしたが,O看護師は「頭打っとるきんなー。」と言って退出し,特別な措置はとらなかった。
ヘ Eは,午後4時50分ころ,ベッドから起きあがろうとして控訴人Cに止められ,その際に「どうして。」と尋ねることもできたが,間もなくEの呼吸が不規則になってきた。そこで,控訴人Cは,午後5時ころ,ナースコールをし,駆けつけたO看護師が血圧,意識レベル及び瞳孔の大きさを測定したところ,意識レベルが2桁から100点(刺激しても覚醒しないが,痛み刺激に対し,払いのけるような動作
をする程度)まで悪化し 血圧も高くなっていた(180〜80o )ため,同看護師は,I医師に連絡した。なお,入院時の初診を除き,I医師の経過観察はなかった。
ト I医師は,数分のうちに病院に着き,Eの状態を診察した上,午後5時23分までにCT検査を実施した。このときのCT写真(乙ロ16の1,2)によれば,既に確認されていたくも膜下出血のほかに,右の側頭葉後部から後頭葉にかけて前後約4p,左右約3.5p,上下約3pの大きさの脳内血腫と,右から左に向けて約1pの正中偏倚が認められたことから,I医師は,手術適応ありと判断し,上記血腫を摘出するための手術が実施されることとなった。
I医師は,午後5時30分ころ,出張中のJ医師に電話連絡し,病院に来て手術に参加するよう伝え,自ら手術の準備に着手したほか,控訴人らEの家族を呼び,Eの容態と考えられる手術の内容及び手術後の予測について説明し,同意を得た。同説明では,脳挫傷,くも膜下出血に加え,外傷性脳内出血の発生が考えられること,出血の増大によって意識障害が生じ,昏睡状態になっている上,さらに出血が増え,脳の腫れが加われば生命の危険を生ずること,手術を実施し,血腫と傷ついた脳を除去すれば,薬剤を投与しながら経過観察を続けた場合よりも救命の可能性は高まること,しかし,術中の出血等により命が危うくなる可能性や麻酔に伴う危険もあるほか,手術をしても救命できるかどうかや,どの程度症状が快復できるかは不明であることを説明した。手術の実施及び輸血についての控訴人らEの家族による了解は,午後6時10分ころ得られた。
チ Eは,午後6時40分ころ,手術室に入室した。一方,J医師も,同じころ被控訴人病院に到着し,患者への麻酔の導入準備中であった手術室に入り,I医師から説明を受け,F病院の診断書,同病院で撮影されたCT写真(乙ロ14)と被控訴人病院で直前に撮影されたCT写真(乙ロ16の1,乙ロ16の2)を検討し,手術の準備に加わった。
リ 手術は,午後7時45分ころから午後10時30分ころにかけて,I医師の指導とJ医師(以下「I医師ら」という。)の執刀によって行われた。J医師が,患者の右側頭部を開頭したところ,脳圧が高いことが認められたので,減圧処置として利尿剤であるマンニトールを投与した上で硬膜を切開し,I医師と共同で,吸引器と鉗子を用いてまず硬膜下の血腫の除去がされ,静脈からの出血に対して圧迫する方法で止血が施され,脳内の血腫の摘出が行われた。血腫の摘出後,脳表が陥凹する状態が確認されたので,両医師は,減圧効果が十分得られたと判断し,止血の確認をした上で閉頭し,手術を終了した。
ヌ 手術終了後,J医師は,家族に対し,手術の内容と結果について説明し,今後起こる可能性のあることとして,@再出血や別の部位からの出血,A脳浮腫,B感染,Cけいれん,D消化管出血,糖尿病,肺炎などの内科的疾患,E水頭症を挙げた。
ル Eの意識の状態は,手術前に手術室に入った時点では200点(刺激しても覚醒しないが,痛み刺激で少し手足を動かしたり,顔をしかめたりする程度)であったが,上記手術終了後の翌15日午前1時ころには,呼びかけに対してうっすら開眼する程度までには改善した。
ヲ 術後の血腫除去の状況やさらに他の部位に出血が生じていないか等をチェックするため,11月15日午前9時ころCT撮影(乙ロ18の1,2)がされたところ,手術前にあったのと同一部位の出血像からは,除去の目的であった血腫が除去されたが,新たな出血等を生じ,正中偏倚も改善されていなかった。そこで,同月16日の月曜日からEの診察に加わったH部長も交え,再手術の要否が検討されたが,意識状態の改善状況等に照らし,再手術の必要はないと判断された。なお,同月20日のCT撮影では出血像が次第に吸収される傾向が確認され,同月24日のMRI撮影では左大脳脚に損傷のないことも確認された。
ワ 同月16日には,Eにおいて抜管が行われ,同月17日午後9時の時点では右上下肢に動きがなかったが,同月18日午前10時には,Eは,自分の名前,年齢,居場所等を言うことができ,同月19日には「おはよう。」との発語もあった。
また,同月16日に,リハビリテーション科への紹介がされ,L医師やM理学療法士の指導のもとで,関節の拘縮が起こるのを避けるための関節可動域訓練等のリハビリテーションも開始され,その後,濃厚流動食を経管栄養で摂取することも始められた。
カ しかし,Eは,同月20日に38.6度の熱が出て,半昏睡になるなど状態が悪化した。そこで,CT撮影がされたが,新たな出血,ひどい脳浮腫,脳梗塞の所見は認められなかったので,解熱剤の投与だけが行われた。また,このころから発語もなくなり,その後も意識レベル及び熱のいずれについても正常な状態には回復しない状態が続いた。同月24日に実施されたMRIでも,Eに脳梗塞の所見は認められなかった。
ヨ Eには,12月2日ころ,下痢の症状が現れたが,感染症を疑わせるような検査数値はなかった。なお,感染源となりうる中心静脈チューブについては,11月29日には抜去された。
そして,12月4日ころから,高熱が現れるなど状態が急激に悪化した。この日診察に当たったH部長に対し,Eの家族からEが頻繁にむせるという訴えがあったので,H部長は,肺炎を疑って胸の聴診を行ったが,Eに肺の雑音は聴かれなかった。
タ 同月5日(土)は,J医師が診察に当たった。Eの意識状態に前日との変化はなかったが,熱は39度あり,薬剤としてボルタレンが投与された。
レ 同月6日(日),Eは未明に熱が上がり,ボルタレンが投与された。
同日午前8時45分ころ,J医師が回診した際に行った胸の聴診では,Eの肺の雑音が聴かれたので,抗生剤の投与を行った上で,同医師は帰宅した。しかし,同日午前10時過ぎ,Eは,呼吸停止,次いで心停止となり,当直医のN医師が気管内挿管や心臓マッサージを実施したところ,心電図上では動きが出てきたが,なお血圧は低く,人工呼吸器も装着された。病院から連絡を受けたJ医師は,同日午前10時45分ころ病院に戻ったが Eは,午後零時45分ころ再度心停止し,急性呼吸不全により死亡した。
この日の挿管時にEの気管内から吐物が吸引されたことから,Eの直接の死因は,吐物による窒息死と推認された。
なお,J医師は,Eが交通事故によって入院した患者であったことから,警察による検視の要否が問題となると考え,午後零時55分ころ,観音寺警察署に電話連絡したが,結局,検視は行われなかった。
(2) 控訴人らの主張イの過失(慎重な経過観察義務違反,CT検査義務
違反,手術実施の遅れ)の有無について
イ 一般に頭部に強い衝撃を受けると頭部外傷が発生するが,その場合,脳には,打撲した部位の直下だけでなく,より高い割合でその反対側にも損傷ができるほか,出血が遅れて生じ,外傷性脳内血腫や脳浮腫が起こるなど病態が変化することがあり,特に,血腫が発生する場合の約50%が6時間内に,約80%が12時間内に形成されること,通常の遅発性脳内血腫例の場合,少しずつ意識レベルが低下し,脳内血腫が一定の大きさに達したと同時期に急激に意識レベルが低下して,昏酔状態に陥ること(乙ロ29),日本神経外傷学会の重症頭部外傷治療・管理のガイドライン作成委員会の報告(以下,「日本神経外傷学会のガイドライン」という。)によれば,「高齢者は,talk and deteriorate(die)をきたすことが多く,挫傷性浮腫,脳内出血などによる厳重な観察が必要である。症状の悪化をみたら早期に手術(血腫除去術など)を行うことが望ましい。」とされていること(乙ロ30),Eの場合,シルビウス裂内のくも膜下出血があり,後部側頭葉底部及び脳の中核である脳幹に近いところで脳が損傷を受けていることが疑われる上,一般に側頭葉の損傷はその症状が出にくいとされていること(証人I,乙ロ29)に照らせば,I医師には,外傷性脳内血腫を念頭においた臨床症状のより注意深い
経過観察が必要であり,特に意識レベルの推移,運動麻痺の出現の有無,患者の訴え(頭痛・嘔吐・嘔気など)の推移,クッシング反応の3主徴としての認識のもとでの血圧・脈拍数・呼吸状態の変動(全ての観察内容において最も重要な点はその時間経過に伴う推移あるいは新たな出現である。鑑定)をより注意深く経過観察する義務があるというべきである。
そして,病状に全く変化がない場合や少しずつ改善傾向にあればCT検査は必須とはいえないが,病状に改善がなく少しでも悪化の兆候があれば,その後の治療や管理の参考とするためCT検査をする義務があるというべきである(乙ロ29)。
ロ そこで,上記基準に従い検討するに,Eは,昭和3年▲月△日生まれで(甲2),本件交通事故当時70歳の高齢者であったところ,上記認定事実によれば,意識がやや清明な時期に(talk)被控訴人病院で受診して,経過観察のために入院したものであるが,転送されて被控訴人病院に到着するまでに2回嘔吐し,被控訴人病院到着後午後2時までに更に2回,嘔吐を繰返し,その後も嘔吐ないし嘔気を催していたこと,また,Eは被控訴人病院到着当初頭痛を訴えていなかったが,入院時には前額部痛を訴え,午後3時ころは自制内の頭痛であったが,午後3時30分ころからは眉間に皺を寄せ,「頭が痛い」 としきりに訴えるようになったこと,これに対しI医師は頭痛及び嘔吐の症状を外傷性クモ膜下出血による髄膜刺激症状であると診断しCT検査に及ばないと考えていたこと(証人I),またO看護師もEの頭痛が強くなったとして家族からナースコールされてもI医師への報告などの特段の措置をとらなかったこと,しかし,これら頭痛の出現・増強や頻回の嘔吐は,クモ膜下血腫の髄膜刺激症状であるとともに,血腫形成や脳浮腫増悪に伴う頭蓋内圧亢進の症状でもあること等を考慮すると,I医師は自ら経過観察をしないのであれば,Eの受傷原因・年齢・受傷部位の特殊性を意識し,O看護師に対し,頭蓋内圧亢進
症状につきより注意深い経過観察を指示すべき(付添家族からの当該
情報を積極的に求めることを含む。)であった。そうすれば,I医師自ら経過観察をしていなくても,頭痛の増強や頻回の嘔吐が明らかに見られる午後4時ころ,ないし遅くとも控訴人らがナースコールをした午後4時25分ころ,これら症状から頭蓋内亢進症状を疑うことができたので,CT検査をすべきであったというべきであり,これを怠った過失があると認められる。
なお,意識障害の低下について,初診時点や午後零時30分ころの住所・氏名などに対する応答,また午後零時40分ころ家族に対し,「倒れてから病院に来るまでなんちゃ覚えとらん 」というEの発言は全体としてややボーッとした感じではあっても,まだ危機的な状態になっていない(鑑定)。しかし,午後2時20分ころ手を口にもっていき「(入れ)歯がない 」と発言した点を,見当識障害が出現したと判断する(鑑定)ことには躊躇がある(入院時に入れ歯を外されたことを忘れていた等とも考えられる。)。もっとも,午後3時のO看護師の観察のための来室時には質問にすぐに答えられず一呼吸から二呼
吸おいてから答えていた点に,意識状態の低下が窺えないではないが,それまでの意識状態からさらに低下したとは認めるに足りない。
ハ 控訴人らは,I医師は,Eが被控訴人病院に到着した時ないしは2時間後までにはCT検査を行い,頭蓋内の病変の有無を確認すべき義務があった,ないしは,被控訴人病院の担当医師らがより注意深くEを経過観察していれば,Eの病変に直ちに気付き,手術適応と判断でき,手術が早期に実施され Eが死亡することはなかった旨主張する。
よって検討するに,鑑定書,回答書及び証拠(甲28,30)によれば,Eが被控訴人病院に到着後1,2時間以内に1回,その2時間後に1回の,少なくとも2回のCT撮影が必要であったとされる部分がある。
しかしながら,本件交通事故当時,意識障害レベルがGCS15ないし14程度の軽度の障害にとどまっている症例について,頭部打撲直後に1回CT撮影を行った後,2,3時間後に再度のCT撮影を行うべきであったことを示す文献は存しない。かえって,平成14年1月ころの論文では,中程度や激しい頭部外傷を伴う患者に対して,初回のCT撮影が頭部打撲後4時間以内に行われた場合にも,4ないし6時間以内に再度CT撮影を行うべきであると推奨される(乙ロ48)とか,平成16年5月時点において,頭部打撲後,初回の受診時において意識が清明で神経学的異常所見が全く見られない場合のCTの施
行基準を検討する論文(乙ロ50)が存するが,その中で,頭部打撲後の受診時において意識が清明である患者に対するCTの必要性については一定の見解が得られていないこと,特定機能病院では,包括医療制度が導入され,医療資源のコスト管理を含めて良質で効率的な医療が要求され,無用な検査はできるだけ避けることが望ましいとの問題意識が示されている。6時間以内の再度のCT撮影が必要であるとの文献もある(甲16)が,これも,基本的には意識障害の推移の観察が第一であるとされている(この点は,乙ロ29でも指摘されるところである。)。
また,平成4年5月に発行された甲40号証は,頭部打撲の患者について,最初の頭部CTで異常があった場合には,最低限翌日に経過観察のCTを行うことが奨められており,臨床所見に変化があった場合にはより頻回な検索が必要となるとされているところ,これも,平成10年当時には,再度のCT検査を,当初のCT検査から2時間後までに行うべき義務の根拠とはなり得ない。
以上のとおり,被控訴人病院が,地域医療の中心的役割を担う相当程度高度な医療を行う病院であること(弁論の全趣旨)を前提としても,本件交通事故当時,頭部打撲直後に意識が清明である患者に対して,CT検査を複数回,2時間程度の間隔をおいて行うことが,一般的な医療水準として認識されていたと認めることはできない。
したがって,控訴人らの主張のうち,I医師に,Eが被控訴人病院に到着した時ないしは遅くとも2時間後までにはCT検査を行い,頭蓋内の病変の有無を確認すべき義務があったことを前提とする部分は理由がない。
ニ さらに,控訴人らは,手術実施の遅れ(手術準備時間のかかり過ぎ)の過失があったので,Eが死亡したとも主張する。
一般的に,患者の手術が必要であると判断されたときには,まず患者の家族に対し,病状,検査結果,手術をした場合としない場合にそれぞれ予想される今後の経過 手術に伴う合併症等について説明をし,同意を得ることが必要とされ,同意が得られたときには,散髪,剃毛,術衣への着替え等のほか,輸血に備えて血液型の検査,輸血の手配,手術室スタッフや麻酔医への必要事項の伝達等が行われ,同時に,手術室では麻酔のための機器や薬剤を揃え,手術に使用する器具を滅菌した台の上に並べるなどの作業が行われ,患者が手術室に入室すると,麻酔の導入,気管内挿管,血圧測定等のための動脈針及びモニターの
装着,点滴ルートの確保等が行われ,特に右側頭部から後頭部にかけて手術が行われる本件手術の場合には,麻酔導入後手術開始までに患者の体位を仰臥位から左側臥位に変換し,注意深く固定する必要があり,さらに術者の手洗い,患者の頭部消毒等が行われてようやく準備終了となるところ,以上を合計すると,最短でも入室までに約30分,入室後執刀まで65ないし80分の時間を要するとされると認められ
る(乙ロ23,証人H)。加えて,上記(1)のとおり,I医師の指揮のもとで行われた手術準備の内容は合理的であって,午後5時30分ころに手術実施の判断がされ(この判断が遅かったことは前記のとおりであるが,その点はひとまずおき,手術準備自体に要した時間をみると ,午後6時10分に家族の同意が得られ,午後6時40分に患者が手術室に入室し,午後7時45分に手術が始まったことに徴すると,手術実施の遅れ(手術準備時間のかかり過ぎ)があったとはいえない。
(3) 控訴人ら主張のロの過失の有無について
控訴人らは,本件手術において,早期に利尿剤を投与した上で,可及的速やかに開頭を行うなど適切な術式によって効果的な減圧を行うべきであったのに,適切かつ効果的な手術を行わず,Eに右片麻痺や意識レベル低下の症状が残ったと主張する。
イ 利尿剤の投与
(イ) 証拠(鑑定,乙ロ8,29)によれば 次の事実が認められる。
CT検査により外傷性脳内血腫の出現が認められる場合,頭蓋内圧亢進の進行を回避する方法としては,グリセオール,マンニトール等の高張利尿剤の投与とともに,それに続く血腫除去手術以外に方法はない。マンニトール等の利尿剤投与の目的は,これらが血液の浸透圧に作用して血管周囲から水分を血管内に吸収し,浮腫の増大を防止する効果が得られるため,頭蓋内圧亢進による脳の虚血などによる脳のさらなる二次損傷を防ぐことにある。脳の減圧は,開頭手術により骨弁を除去したときに一部達成され,硬膜を切開することにより次の減圧が達成される。マンニトール等の利尿剤は,昏酔に陥った患者を救うためには一刻を争うものであるが,手術による減圧がされるまでの時間稼ぎのために使用されるものである。
しかし,上記2(1)リのとおり,I医師らのマンニトールの投与開始は,執刀を開始(午後7時45分)した後,開頭し脳圧が高いことを確認した時点である。
(ロ) この点,被控訴人病院は,グリセオール,マンニトール等の脳圧降下のための利尿剤は,急性頭蓋内血腫が疑われる患者には,出血源を処理し,再出血のおそれがないことを確認されるまではその使用が禁忌であり,能書にもそのことが明記されている旨主張し,これにそう乙ロ22の1,2,23,証人Hがある。しかし,能書は製薬会社の製造物責任を果たすための注意書きであって,薬剤の作用機序やその使用によってもたらされ得る危険性を了解した上で,これに従うか否かは医師の裁量権の範囲内である(つまり,利
尿剤による出血の危険より血腫や浮腫の悪化のほうが生命へのリスクが大きいと判断した場合はその使用が許容される。)。能書と異なる使用をすることは,日本神経外傷学会のガイドラインにも採用されている(乙ロ30)ところでもある。被控訴人病院の上記主張
は採用できない。
(ハ) 以上によれば,被控訴人病院医師には,マンニトール投与の時期を逸した過失がある。
ロ 術式の方法について
(イ) 証拠(鑑定,甲28,30)中には,本件においては,小さな皮質切開をしただけで血腫の吸引除去を行っても,術後の再出血は必至と考えられたから,より大きく後頭骨正中近くまで側頭後頭開頭と後頭葉切除を行って血腫を除去すべきであったのに,本件手術では,小さな皮質切開をしただけであるため,血腫の摘出も不十分であったし,上記のように十分な開頭をして手術が行われていれば,本件手術後に現れた上肢の強い右不全片麻痺の症状は出現せず,脳浮腫の出現の程度,意識レベルの低下の程度も少なかったと予測されるとされる部分がある。
しかしながら 上記2(1)ルないしワの事実及び証拠(乙ロ29),からすると,I医師らの手術によって,Eの頭蓋内に生じていた血腫は摘出され脳脈動も見られているので脳圧の減圧はある程度成功しており,事実手術直後には意識レベルの改善ができていると認められるから,開頭した範囲が小さ過ぎたことをもって術式の選定を誤った過失があるとまでは認められない。
(ロ) 控訴人らは,挫傷性脳内血腫が右側頭葉に生じた場合には,手術手技の難易度が高い手術であっても,脳神経外科専門医ならば挫傷によりその機能を失っている右側頭葉を切除するべきである旨主張し,これにそう甲28もあるが,理論的であっても実際的ではなく,術後のCT所見をもとに何らかの追加的手術ないし処置をする方法もあるとの意見(乙ロ29)もあり,脳神経外科専門医ならば,上記手術において右側頭葉がその機能を完全に失っているのでこれを切除するべきであるのにこれを怠った過失があるとまでは認められない。
もっとも,上記2(1)ヲのとおり,本件手術で除去の目的であった血腫は除去されたが,新たな出血等を生じ,正中偏倚も改善されていないことに照らすと,I医師らの手術は,永続した脳圧の減圧には成功していないといえる(鑑定)。脳内血腫は,手術による脳 圧が低下すると,再び外傷により挫滅を受けた脳組織から新たな血液がしみ出し,一時的に摘出された血腫腔の体積が埋め戻されることがあり得ることが予想でき,術後のCT所見をもとに何らかの追加的手術ないし処置が必要となることがあるところ,上記2(1)ヲからレのとおり,Eは手術直後には意識レベルの改善ができていることから再手術の実施が見送られ,その後20日以降高熱が出て,半昏酔状態になるなどEの病状から再手術の機会が失われた。その経緯に照らし,結果論からいえば脳室ドレナージを置いておいた方がベターであったと考えられる(乙ロ29)。控訴人らは,そうした事態に備えて外減圧術を施行しておくべきであった旨主張し,これにそう証拠(鑑定,甲28,30)もあるが,外減圧については賛否両論がある(乙ロ29,30)ことに照らし,控訴人らの主張は採用し難い。
(ハ) 以上によれば,I医師らに,控訴人らが主張する術式の方法についての過失があったとはいえない。
(4) 控訴人ら主張のハの過失の有無について
控訴人らは,被控訴人病院においては,Eの術後管理も杜撰で,肺炎などの状態の悪化を見過ごした旨主張する。
Eについて,11月20日以降に生じた状態の悪化の原因としては,脳の浮腫または脳血管攣縮に伴う脳虚血が考えられる(証人H)ところ,確かに,Eが70歳と高齢で,頭部外傷後の意識障害もあったのであるから,担当医師らとしては,患者の嚥下機能の低下を予測し,誤嚥やそれによる窒息が生じないよう患者の状態について注意すべき義務があったというべきである。
しかしながら,本件において栄養の摂取方法やその他術後管理の手法そのものに不適切な点があったとは認めるに足りる証拠はない。また,家族から食後にむせやすいという指摘を受けて実施された聴診等においても,死亡した日の前日(12月5日)までは,肺炎の発生を疑わせるような徴候は認められておらず,同月6日に肺の雑音が認められた後には抗生剤の投与など必要な措置がとられているのであって,これらの点を総合すると,被控訴人病院においてEの術後管理に不適切な点があったということもできない。
(5) I医師らの過失とEの死亡との因果関係について
以上によれば,控訴人らの主張するI医師らの過失のうち,経過観察義務及びCT検査義務を怠った過失(ひいては手術開始の遅れた過失)及び利尿剤マンニトール投与が遅れた過失が認められるところ,上記各過失がなければ,Eは遅くとも本件交通事故当日の午後4時ころから遅くとも午後4時20分ころにはCT検査を行い,その血腫の大きさ等からそのころ手術適応の判断がなされることが充分に推定され,同時にマンニトールが投与されれば,実際のマンニトール投与時期(執刀開始の午後7時45分から開頭して脳圧が高いことを確認した時点)より3ないし4時間位早く頭蓋内圧亢進による脳の虚血などによる脳のさらなる二次障害を防ぐことができたので,術後の意識障害や右片麻痺障害はかなり改善され,Eの誤嚥による12月6日の死亡は回避できたと高度の蓋然性をもって推認される。
そうだとすると,I医師らの上記過失とEの死亡との間には相当因果関係があるといえる。
3 争点(3)(被控訴人らの共同不法行為と相当因果関係を有する損害の内
容及び額)について
(1) 被控訴人Dは,Eが被控訴人病院において本件事故から23日目に死亡したことは,被控訴人Dとの関係では特別の事情に基づくものというべきところ,被控訴人Dにその予見可能性はなかったから,被控訴人DとEの死亡との間には相当因果関係を欠き,したがって,控訴人らが被控訴人Dに対し,Eが死亡したことにかかる慰謝料等を請求することは理由がないと主張する。
しかしながら,一般に交通事故によって頭部に打撲を受け,脳挫傷やくも膜下出血を生じた被害者がその後死亡に至ることは通常見られることであり,先に引用した原判決の前提となる事実及び上記2(1)の認定事実のとおり,Eは,11月14日午前10時25分ころ,本件交通事故によって全身を打撲,特に頭部を強打し,脳挫傷及びくも膜下出血を生じ,かつ,その打撲は午後5時ころまでに脳内に血腫を生じさせるほど激しいものであった上,Eの死亡までの経緯において,治療に関わった医療機関の過誤等の異常な事実があったとしてもEの死亡は被控訴人Dにとって予見可能と評価できる。したがって,被控訴人Dの運転行為とEの死亡との間には相当因果関係が認められ,被控訴人DはEの死亡によって生じた損害も賠償する義務を負うことになる。
なお,証拠(乙イ3の1ないし17,被控訴人D本人)によれば,被控訴人Dについては,業務上過失致死罪の疑いで捜査が開始された後,業務上過失傷害罪で起訴され,罰金刑の略式命令がされたことが認められるけれども,検察官は,起訴・不起訴の処分に当たって,立証の難易,訴訟経済,刑事政策上の目的の達成の可否等をも考慮して判断するもの
と考えられるところ,検察官によるそのような判断の結果,被控訴人Dについて上記の処分がされたからといって,そのことにより本件民事訴訟における因果関係の認定及び判断が左右されることはない。
(2) 被控訴人Dの運転行為と被控訴人病院の医療行為とは,そのいずれもがEの死亡という不可分の一個の結果を招来し,その結果について相当因果関係があるので,共同不法行為となり,Eの死亡による損害を連帯して賠償する責任がある。ただし,Eの運転行為の過失は,被控訴人Dの関係においてのみ過失相殺により賠償額が斟酌される。
(3) 損害
イ 入院付添費 12万6500円
先に引用した原判決の前提となる事実,証拠(被控訴人C本人)及び弁論の全趣旨によれば,Eは,11月14日から12月6日までの23日間,被控訴人病院に入院して治療を受け,この間,公務員である控訴人Bや同Cが年休を取得して付き添った。Eの被った傷害の部位,程度,入院期間中の病状等に照らせば,上記控訴人らが付き添ったことは相当といえ,1日当たり5500円の入院付添費を認める。
ロ 入院雑費 2万9900円
上記入院中の23日間につき,1日当たり1300円の入院雑費を認める。
ハ 休業損害 11万6556円
Eは,本件交通事故当時70歳の家事従事者であり,控訴人らが年収相当額として主張する184万9700円は,65歳以上の女子労働者の平均賃金年額に照らして相当であるから,本件交通事故に遭ってから死亡するまでの23日分の休業損害額は,11万6556円となる(円未満切捨。以下同じ。)。
184万9700円×23÷365≒11万6556円
ニ 死亡による逸失利益 2336万2237円
(イ) 稼働収入 535万1459円
Eは,本件事故により死亡しなければ,控訴人らが主張するように77歳までの7年間稼働が可能であったと認めるのが相当である。上記年収184万9700円をもとにした上で,生活費控除率を50%とし,年5分の割合による中間利息の控除はライプニッツ方式に従うこととしてEの逸失利益を算出すると,535万1459円となる。
184万9700円×(1−0.5)×5.7863
=535万1459円
(ロ) 年金 1801万0778円
Eは,退職共済年金を受給しており,本件事故により死亡しなければ,70歳の平均余命である17年間同年金を受給できたと認められるから,本件事故当時の受給額である年額319万5100円(甲25)を基にした上で,生活費控除率を50%とし,年5分の割合による中間利息の控除はライプニッツ方式に従うこととしてEの逸失利益を算出すると,1801万0778円となる。
319万5100円×(1−0.5)×11.2740=1801万0778円
(ハ) (イ)と(ロ)の合計 2336万2237円
ホ Eの傷害慰謝料 100万円
Eの被った傷害の部位,程度等に照らせば傷害慰謝料は100万円が相当である。
ヘ 葬儀費用 100万円
弁論の全趣旨によれば,控訴人らは,Eの葬儀を行い,葬儀費用として100万円を支出したこと,同費用については,控訴人Aにつき2分の1,控訴人B及び控訴人Cにつき各4分の1の割合で負担したことが認められる。
ト 控訴人ら固有の慰謝料 2400万円
上記認定事実を前提とすると,Eを失った控訴人らの精神的苦痛を慰謝するために必要な慰謝料の額は,控訴人Aにつき1200万円,控訴人B及び控訴人Cにつき各600万円が相当である。
チ 上記イないしトの小計 4963万5193円
リ 弁護士費用 600万円
弁論の全趣旨及び上記認定事実を前提とすると,控訴人らは,控訴人訴訟代理人に本件訴訟手続を委任し,弁護士費用について控訴人A2分の1,控訴人B及び控訴人C各4分の1の割合で負担することとしたところ,弁護士費用に当たる損害としては,本件事案の難易・認容額・訴訟経緯等に照らし600万円が相当である。
ヌ 損害合計 5563万5193円
ル 被控訴人D関係につき,過失相殺後の金額
4450万8154円
以上の損害に対して20%の過失相殺をすると,その額は4450万8154円となる。
ヲ 結論
以上のとおりであるから,被控訴人組合は,控訴人Aに対して2781万7596円,同B及び同Cに対してそれぞれ1390万8798円,被控訴人Dは,控訴人Aに対して2225万4077円,同B及び同Cに対してそれぞれ1112万7038円及びこれらに対する不法行為後の日である平成10年12月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うべき損害賠償義務を負うことになる。
第4 結論
以上のとおりであるから,控訴人らの被控訴人に対する控訴は,一部理由がある。また,被控訴人Dの附帯控訴は理由がない。よって,主文のとおり判決する。


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