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下級審医療判例real estate

東京地判令4.12.26
私が原告代理人として担当した事件の判決です。


東京地裁令和4年12月26日判決言渡
令和3年(ワ)第1483号 損害賠償請求事件

  
                  判   決
     
                  主  文

1 被告らは、原告に対し、連帯して、222万0031円及びこれに対する平成30年6月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを5分し、その2を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

(略)

第3 当裁判所の判断

1 医学的知見

(1)肺癌
原発性肺癌は、気管支から細気管支・肺胞領域までの肺組織に由来する上皮性悪性腫瘍であり、小細胞肺癌と非小細胞肺癌に分けられる。非小細胞肺癌は、主に、腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌に分けられる。(甲B3)
喫煙は扁平上皮癌の最大の危険因子である(甲B2)。喫煙者又は喫煙歴のある40歳以上のCOPD患者で、血痰を伴う(又は伴わない)慢性の咳がみられる場合は、たとえ胸部単純X線写真で異常が認められなくても肺癌の検索を一通り受けるべきであるとする医学文献もある(甲B13)。扁平上皮癌は、3分の2が中枢型(肺門型)、3分の1が末梢型とされている。気道壁を破壊性に浸潤することが多く、咳嗽、呼吸困難などの呼吸器症状を契機に発見されることが多い。血痰が出現することも多い。(甲B2)中枢側気管支に発生・進展した早期がんでは、初期は慢性咳嗽(8週間以上持続する咳)のみでX線検査では異常を呈さないこともあり、喫煙者における血痰などを契機に疑えば、喀痰細胞診で検出する(甲B5)。
肺癌の臨床経過は初診時の病期(ステージ)と関連しており、このため、無症候性症例を早期発見することは、生存予後を改善するものと一般的に考えられている(甲B13)。肺癌発見の基本は胸部X線であり、肺癌の検出感度は60〜80%程度と報告されている(甲B3)。
胸部X線で異常陰影が疑われた場合に、病変の有無や質的診断のために胸部CTが行われる(甲B3)。肺に単発する結節性病変に対するアプローチは、喫煙歴、年齢、画像所見の特徴などから癌の可能性が高いかどうかを推定しつつ決定される。以前のCTや胸部X線写真と比較して増大している腫瘍は悪性腫瘍の疑いがあり、組織学的確定診断を下すため追加検査が必要とされている。(甲B13)
肺門部は、気管支、肺動脈、肺静脈が複雑に入り組んだ構造をしているために、その中に発生する肺癌、特に早期肺癌を単純CTで発見するのは、かなり難しく、通常は造影CTが必要である(甲B7)。肺癌取扱い規約では、肺門部早期肺癌(内視鏡的早期肺癌)の定義は、胸部単純X線像・CT像は無所見であること、画像上リンパ節遠隔転移を疑わせる所見がないこと、主病巣は気管から亜区域枝までに限局していること、病巣の長径が20mm以下であること、病巣末梢辺縁が内視鏡的に可視できること、扁平上皮癌であることとされている。(甲B11)。
肺癌の確定診断には、病変部から採取した組織又は細胞による病理診断が必要である。方法には、喀痰細胞診、気管支鏡検査・生検、CTガイド下又は超音波ガイド下生検(細胞診)、超音波気管支鏡ガイド下生検(EBUS−TBNA)、外科的肺生検などがあり、侵襲度から、喀痰細胞診、気管支鏡、EBUS−TBNA、CT(超音波)下ガイド下生検、外科的生検の順で行われる。(甲B2、4)喀痰細胞診は最も簡便かつ非侵襲的に確定診断が得られる検査である(甲B3)。喀痰細胞診によるがんの検出感度は40%前後とされており、気管支鏡検査による中心型肺癌の診断感度は88%とされている(甲B1、15、被告Y医師本人)。肺癌のTNM分類において、充実成分径が1cmより大きく2cm以下であればT1b、2cmより大きく3cm以下であればT1c、3cmより大きく4cm以下であればT 2aとされている。T1bN1M0であればステージUBであり、T2aN2M0であればステージVAである。(甲B58)
ステージT〜VAでは、肺葉以上の外科切除が原則である。ステージT〜Uで外科切除可能な患者には、外科切除に先行する術前補助化学療法は行わないよう勧められる。ステージU〜VAでは、術後補助化学療法としてシスプラチン併用化学療法が推奨される。ステージVでは、化学放射線同時併用療法が標準治療となる。ステージVAまでが手術適応になることが多い。最近では、免疫チェックポイント阻害薬による治療成績の改善が実証されている。(甲B2、4、27、28、36)

(2)肺癌診療ガイドライン(甲B1、8、57)
肺癌診療ガイドライン2018年版(甲B57)、同2019年版(甲B8)、同2020年版(甲B1)は、標準治療を示した参考資料として作成されているが、肺癌診療ガイドラインが医療を強制したり医療従事者の裁量権を制限したりするものではない旨記載されている。肺癌診療ガイドライン2018年版が公開されたのは、平成30年11月頃である。
GRADEの表記は数字(1又は2)と英語(AからD)の組み合わせからなり、数字と英語の関係性は独立している。数字は推奨度を表し、「行う・行わない」という2つの方向性を「推奨する(=1)・提案する(=2)」という2つの強さで示す。英語は、エビデンスの評価であり、Aが強く、Bが中間で、Cが弱く、Dがとても弱いことを表している。
上記いずれの版においても、ハイリスク群を対象とした肺門部肺癌の検出に、喀痰細胞診は有用かというCQに対し、「ハイリスク群では肺門部肺癌の検出に喀痰細胞診を行うよう勧められる」とされており、推奨の強さは1、エビデンスの強さはC、合意率は83%とされている。喀痰細胞診は、非侵襲的で簡便に行える肺門部早期肺癌の唯一のスクリーニング法であるとされている。ハイリスク群とは、50歳以上で喫煙指数が600以上を指す。
同様に、画像診断で肺癌を否定できない結節に、経過観察を行うことは有用かというCQに対し、「高分解能CTを用いて結節の性状や肺癌の危険因子の有無に基づいて、適切な観察期間で経過観察を行うよう推奨する」とされており、推奨の強さは1、エビデンスの強さはC、合意率は94%とされている。また、解説には、日本CT検診学会が作成した「低線量CTによる肺がん検診の肺結節の判定基準と経過観察の考え方」(以下「日本CT検診学会文献」という。甲B51)に基づき、10mm未満の小さい充実型結節や15mm未満の小さい部分充実型結節、すりガラス型結節で充実部が5mm以下の結節では、決められた間隔で高分解能CTによる経過観察を行い、増大の有無に応じて経過観察や観察終了、確定診断への移行を勧めていると記載されている。日本CT検診学会文献の第5版は、平成29年10月に改訂されているところ、TS−CT (thin−sectin CT)上で、充実型結節で最大径が10mmを超えていれば、原則として確定診断を実施し、6〜10mmであれば、24か月後まで経過観察し、2mm以上の増大があれば確定診断を行うとされている。また、部分充実型結節は、肺腺癌の可能性が高くなるが、炎症性病変でも認められる所見であり、3か月後のCTで変化がなければ、癌を疑う重要な所見であり、結節全体の最大径が15mm以上の場合、確定診断を行い、結節の最大径が15mm未満の場合は、充実成分の最大径が肺野条件で5mmより大きい場合、確定診断を行うとされている。

(3)気管支鏡検査(甲B9、38、56、乙B3、4)
胸部X線や胸部CTで病変が検出されたとき(小型の結節影も含む。)、肺門の腫大や縦隔リンパ節の腫大、気管・気管支の異常を指摘されたとき、原因不明又は新たに生じた無気肺の所見を呈するとぎ、同一部位に繰り返し起こる肺炎症例、喀痰細胞診陽性例などでは、中枢気道病変を疑って気管支鏡を施行するとされている。
抗凝固薬及び抗血小板薬を内服している場合は、検査の必要性と抗凝固療法を中止することによる危険性を考慮した上で適当な休薬期間を設ける必要がある。抗血小板薬であるプラビックス(一般名クロピドグレル硫酸塩)及びバイアスピリン(一般名アスピリン)の休薬期間は、7〜14日とされている。
気管支鏡に伴う合併症としては、気胸(0.70%)、検査後の発熱(0.46%)、低酸素血症、出血(0.45%)、心血管系の障害(0.06%)などがあげられる。死亡に至る重大事故もおよそ10万件に1件報告されている。
胸部レントゲン写真で肺結核が疑われる症例では、喀痰検査、ツベルクリン反応を施行し、排菌しているかどうかを確認し、排菌していない場合でも、肺結核の可能性があれば、気管支鏡検査の順番を他の患者の後にするとともに、必要に応じてN95マスク、ガウン、帽子、ゴーグルなどの準備をするとされている。

(4)肺結核(甲B6、25、乙B2)
結核診断時の喀痰の抗酸菌検査では1日1回、連続して3日間塗抹及び培養検査を行うことが推奨されている。塗抹検査が陰性の場合、より早く確実に診断を得るため、以前より気管支鏡検査が行われてきた。
QFT検査は、結核感染診断の検査にすぎず、陽性であっても、活動性結核である可能性が極めて高いとはいえない。

2 認定事実
前提事実及び証拠(後掲各証拠のほか、甲A5、乙A10、11、原告本人、被告Y医師本人尋問の結果)並びに弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

(1)平成30年5月19日の受診
原告は、平成30年5月19日、被告病院の呼吸器内科を初めて受診し、A医師の診察を受け、前の週の初め頃から息をするときに痰が絡むようなぜいぜいする感じがあると訴え、画像記録を含むEクリニックにおける健康診断の結果報告書を提出した。また、原告は、42年間、1日15本の喫煙をしていたことも伝えた。A医師は、Eクリニックにおいて同年4月24日に撮影した胸部CTの結果、中葉に粒状影と胸膜直下の結節影が認められること、閉塞性換気障害を指摘されていることを確認した。A医師は、原告が痰絡みを訴えたことについて、COPDはあるだろうが、URTI(急性上気道感染)が原因か、現時点では分からないと判断し、診療録にその旨記載し、呼吸機能の再検査を実施した。呼吸機能検査の結果、FEV1は58.0%、FEV1%は51.2%であった。(乙A4、6、前提事実(2)ア、イ)
なお、後方視的にみると、平成30年4月24日に撮影した胸部CTに映っていた結節影は、長径13mm大であり、充実成分径が1cmより大きく2cm以下であるから、TNM分類によればT1bであり、同日の本件肺癌の臨床病期は、T1bN1M0でステージUBであった。(乙A4、11、被告Y医師本人)。

(2)平成30年6月2日の受診
原告は、平成30年6月2日、被告病院を受診し、A医師の診察を受け、咳と痰はちょっと治まったと述べた。A医師は、中葉粒状影と結節影のフォローアップのため、採血を行った。(乙A4、前提事実(2)ウ)

(3)平成30年6月16日の受診
原告は、平成30年6月16日、被告病院を受診し、A医師の診察を受け、スピリーバ開始後、痰が絡むようなぜいぜいする感じは多少治まったような気はするが、劇的ではないと訴えた。A医師は、同日、原告に対し血液検査の結果、QFT検査が陽性であったものの、QFT検査は結核の感染歴をみるものなので、いつ感染したかは分からず、現在、活動性結核であることを示すものではないが、この1年で結核を疑わせる影が肺に新出していることと併せると、活動性結核の可能性も考えられるとして、同日の喀痰検査で結核という診断がつけば結核治療のできる医療機関を紹介することになり、診断がつかなければ、同月18日及び同月19日にも喀痰検査を行い、同月20日に被告Y医師の外来で結果を聞いてもらいたいと説明した。その際、喀痰検査で結核と診断がつかなければ、気管支鏡検査など他の検査を行う相談もすると思うと説明した。A医師は、診療録に、右中葉の粒状影・結節影は平成28年4月25日及び平成29年6月10日のCTでは見られないことから、活動性結核の可能性があり、3日間連続の喀痰検査が必要で、陰性なら気管支鏡検査も検討すると記載した。(乙A4、前提事実(3)ウ)
原告は、平成30年6月16日、同月18日及び同月19日、被告病院において痰を提出し、被告病院は、抗酸菌種同定及び抗酸菌耐性検査を行った。(乙A4、前提事実(3)ウ)

(4)平成30年6月20日の受診
原告は、平成30年6月20日、被告病院を受診した。担当医がA医師から被告Y医師に代わり、原告は、咳が発作的に出ること、痰絡みは減ってきたことを訴えた。被告Y医師は、診療録に、喀痰検査の結果、結核菌の排菌はなかったこと、胸部レントゲン(胸部CR)は右下肺野の陰影は薄く改善傾向であることを記載し、咳止めを追加で処方した。(乙A4、前提事実(3)ウ)
なお、被告Y医師は、平成30年4月24日の胸部CTにおいて、中葉粒状影と長径13mm大の結節影が認められていたことから、肺癌も鑑別が必要な疾患と考えていた(被告Y医師本人1頁)。

(5)平成30年7月4日の受診
原告は、平成30年7月4日、被告病院を受診し、被告Y医師の診察を受け、痰絡みが続いており、発作的に咳が出てメジコンを1日3錠内服していると訴えた。被告Y医師は、診療録に、胸部レントゲンは右下肺野の陰影は変化なしと記載した。(乙A4、前提事実(3)エ)

(6)平成30年7月14日の受診
原告は、平成30年7月14日、被告病院を受診し、被告Y医師の診察を受け、ぜいぜいしたり、発作的に咳が出ると訴えた。被告Y医師は、胸部単純CT検査を施行した。同日のCT検査報告書には、「右肺中葉に細気管支壁、気管支壁の肥厚、気管支塞栓、結節様浸潤影を認めましたが一部変化が見られます。結節様浸潤影が軽減していますが他程度としては大きな変化はありません。他、肺内に活動性病変なく、有意なリンパ節腫大や胸水はありません。」として、結論としては「慢性細気管支炎/気管支炎」と記載されている。被告Y医師は、診療録に、「右肺の結節影は縮小傾向」と記載し、吸入薬を変更し、メジコンを処方した。(乙A4、5、前提事実(3)エ)

(7)平成30年8月25日の受診
原告は、平成30年8月25日、被告病院を受診し、被告Y医師の診察を受け、まだ発作的に咳が出ると訴えた。被告Y医師は、診療録に、胸部レントゲンは変化なしと記載し、吸入薬とメジコンを処方した。(乙A4、前提事実(3)オ)

(8)平成30年10月13日の受診
原告は、平成30年10月13日、被告病院を受診し、被告Y医師の診察を受け、咳が出て市販の咳止めで治まるが薬品代が高いと訴えた。被告Y医師は、胸部単純CT検査を施行した。同日のCT撮影報告書には、「既存の右中葉の所見に明らかな増悪傾向は確認されません。一部に濃度低下が認められ、消退しつつある状態なのか?対側舌区に新たな結節影が出現しています。右下葉気管支内の結節影や末梢の閉塞は、前回より増悪している印象ですが、末梢に明らかな無気肺や過膨張等の変化は確認されません。気管支鏡でご確認ください。縦隔に有意なリンパ節腫大は認められません。胸水等(−)。」と記載されている。被告Y医師は、診療録に、胸部CTは左下葉末梢に陰影ありと記載し、吸入薬とメジコンを処方した。(乙A4、5、前提事実(3)カ)

(9)平成30年11月17日の受診
原告は、平成30年11月17日、被告病院を受診し、被告Y医師の診察を受け、咳が出てメジコンは効かないと訴えた。被告Y医師は、診療録に、胸部レントゲンは変化なしと記載し、メジコンから変更したアスベリンと吸入薬を処方した。(乙A4、前提事実(3)キ)

(10)平成31年1月19日の受診
原告は、平成31年1月19日、被告病院を受診し、被告Y医師の診察を受け、咳は出るが痰は出ない、アスベリンやメジコンの内服では咳は止まらないなどと訴えた。被告Y医師は、胸部単純CT検査を施行した。同日のCT検査報告書には、「中葉舌区抹消の散布性、粒状影、浸潤影はおおむね改善する。中葉外側に新規粒状影、右肺下葉に高度浸潤影散布性小粒状影が出現している。右中間気管支幹の結節は15mm大に増大。右下部葉気管支間リンパ節の腫大も疑われる。・・・気管支腫瘍・閉塞性肺炎/細気管支炎も考慮される像のため気管支鏡評価望ましい。他、鑑別として結核性肺炎/細気管支炎+リンパ節炎も考慮。縦隔粗大病変なし。動脈硬化あり。」として、結論としては「右中間気管支幹内結節増大・閉塞性肺炎/細気管支炎疑い*腫瘍性病変否めず(鑑別としてTB(注・結核))*右葉気管支間LN(注・リンパ節)増大→気管支鏡評価を。」と記載されていた。被告Y医師は、診療録に、「胸部Xp、CTは右中葉外側に浸潤影、散布性小粒状影あり。」と記載した。(乙A4、5、前提事実(3)ク)
なお、後方視的にみると、同日の時点で、本件肺癌の臨床病期は、T1bN1M0のステージUBであった(乙A11)。
被告Y医師は、3日連続の喀痰検査を実施しようとして、1回目の喀痰検査が行われたものの、2回目と3回目は、原告の痰が出なかったため、行われなかった(乙A4、被告Y医師本人12〜13頁)。

(11)令和元年5月18日の受診
原告は、平成31年1月26日、同年2月16日、同年3月16日及び同年4月20日、被告病院を受診し、被告Y医師の診察を受けた(乙A4、前提事実(3)ケ)。
原告は、令和元年5月18日、被告病院を受診し、被告Y医師の診察を受け、咳はフスコデの内服で治まると訴えた。被告Y医師は、原告が平成31年4月25日に受けた健康診断の胸部CTの所見を見て、診療録に、「2019/4/25人間ドックの胸部CTは1年前の胸部CTと比較して炎症変化 悪化の所見と」と記載した。(乙A4、前提事実(3)ケ)被告Y医師は令和元年5月18日、上記健康診断における胸部CTの画像自体は見ていない(被告Y医師本人13〜14頁)。
なお、後方視的にみると、平成31年4月25日の時点で、本件肺癌の臨床病期は、T1bN1M0のステージUBであった(乙A11)。

(12)令和元年7月27日の受診
原告は、令和元年6月15日及び同年7月13日、被告病院を受診し、被告Y医師の診察を受けた(乙A4、前提事実(3)ケ)
原告は、令和元年7月27日、被告病院を受診し、被告Y医師の診察を受け、リン酸コデイン散を服用しても咳は変わらない、喀痰は検査に出すほどは出ないと訴えた。被告Y医師は、胸部単純CT検査を施行した。同日のCT検査報告書には、「前回同様に右中間管支内に軟部影が認められ、肺門部に腫瘤性変化が認められます。上記腫瘤は下葉へ伸びていた部分に縮小傾向が認められます。その末梢及び中葉ではmucoid impaction様の変化が疑われ、散布影やスリガラス影が散見されます。範囲的には拡大していますが、前回認めた下葉の強い変化は改善傾向が認められます。縦隔に有意なリンパ節腫大は認められません。胸水等(−)。」として、「気管支鏡的な精査加療が望まれます。」と記載されていた。被告Y医師は、診療録に、「2019/7/27の胸部CTは右肺門部の腫瘤性変化あり」と記載した。(乙A4、5)
被告Y医師は、原告に対し、喀痰が出れば提出するように伝え、原告は、令和元年7月30日、喀痰を提出した。被告病院における喀痰細胞診の結果、扁平上皮癌に一致する所見であった。(乙A4、6、前提事実(3)ケ、コ)

(13)令和元年8月7日の受診 
被告Y医師は、令和元年8月1日、診療録に、「2019/7/30PET−CTは右肺門部にFDG集積あり」、「右肺門部肺癌疑い、明かな遠隔転移はなし」、「2019/7/27の胸部CTは2019/4/25の胸部CTとは大きな変化ないが2018/7/14の胸部CTと比較して増大傾向」と記載した。また、被告Y医師は、同月3日、診療録に、「2019/7/30の喀痰細胞診でclassV扁平上皮癌の所見」と記載した。(乙A4)
原告は、令和元年8月7日、被告病院を受診し、被告Y医師の診察を受け、肺癌であることを告知された。被告Y医師は、同日、呼吸器外科にコンサルトし、原告は、同科のB医師の診察を受けた。B医師は、同日、呼吸機能検査を実施し、その結果、1秒量(FEV1)が59.7%であり、60%を切っていたため、右肺全摘は難しいのではないかと考え、心肺不可検査(CPX)による呼吸機能のチェックが必要であると判断した。そこで、B医師は、原告に対し、同月13日に造影CTを行い、手術適応があれば、必要な検査は入院中に行うことを説明した。(乙A4、6、10)

(14)本件肺癌の手術
B医師は、令和元年8月13日、原告について造影CTを実施し、本件肺癌についてステージUBであり、手術適応があると判断し、診療録に、「CT上は手術適応」と記載した。原告が、C病院でのセカンドオピニオンを希望したため、B医師は、C病院宛の診療情報提供書を作成した。同診療情報提供書には、「傷病名 #右肺門部肺癌(扁平上皮癌:T2aN1M0:stageUB)」と記載されている。(乙A4、7、10)
原告は、令和元年8月19日、C病院を受診した。C病院の医師は、本件肺癌について、pT3N1M0のステージVAと判断し、手術は、全摘の可能性があるが、呼吸機能からかなり厳しく、最終的には術中判断になると説明した。(甲A1)
原告は、令和元年8月22日、再度被告病院を受診し、B医師の診察を受け、C病院では呼吸機能から右肺全摘は難しいが、リンパ節転移があるから、右中下葉切除もなかなか難しいと言われ、免疫療法で腫瘍を縮小させてから手術の方針を勧められたと話し、なるべく全摘はしたくないと訴えた。B医師は、原告に対し、右中下葉切除になるか全摘になるかは、最終的に開胸してみないと分からないが、気管支鏡検査である程度判断できることを説明し、治療を進めなければ病状も進行していくため、同年9月4日に入院することになった。(乙A14、10)
原告は、令和元年9月4日、被告病院に入院し、抗凝固薬であるバイアスピリンとクロピドグレルを休薬し、ヘパリン化して、同月5日に心肺運動負荷検査(CPX)、同月6日に気管支鏡検査を受けた。被告病院は、その結果、CPXの結果から全摘は難しく、画像上、全摘の可能性は否定できないため、手術療法単独での治療は難しく、術前化学療法を勧める方針とし、原告にその旨説明したところ、原告は、C病院で勧められた免疫療法による治療を希望し、被告病院を退院した。(乙A1、2、10)
原告は、令和元年9月18日以降、C病院を受診し、呼吸機能の改善により右肺全摘も可能となったことから、同年10月21日、C病院で手術を受け、結果として術式は右肺中下葉切除術となった。本件肺癌は、術前診断では、cT4N1M0のステージVAとされていたが、術後病理組織診断の結果、pT2aN2M0のステージVAであり、気管支断端陽性であったため、原告は、令和2年1月8日から同年3月31日までの間、放射線療法と抗がん剤療法を受けた。(甲A1)

(15)食道癌の手術
原告は、令和4年5月の人間ドックで食道中部の粘膜異常を指摘され、C病院において精査を受け、扁平上皮癌が発見された。その際、肺癌の転移とはいえず、放射線療法の影響も考えられるが、その可能性は低いという説明を受けた。原告は、放射線療法の影響で食道の粘膜が薄くなっているため、本来であればMUの診断となるところ、MVまで浸潤していることが考えられるという説明を受け、食道癌摘出の手術を受けた。(甲A5、6、原告本人)

(16)5年生存率
全国がんセンター協議会が集計した14万件のがんと診断された症例に基づくと、肺癌と診断された60歳から69歳までの男性で、臨床病期ステージUで外科的手術を行った場合の5年生存率は、70.4%とされており、臨床病期ステージVで外科的手術を行った場合の5年生存率は、49.7%とされている(甲B26)。

3 検討

(1)争点1(被告Y医師が、平成30年6月20日において、気管支鏡検査を実施する注意義務を怠った過失の有無)について
原告は、被告Y医師が、平成30年6月20日において、気管支鏡検査を実施すべきであったにもかかわらず、これを怠ったと主張するので、以下検討する。

ア 肺癌の診療に関しては、日本肺癌学会が、肺癌診療に携わる医師を対象に、肺癌に関してEBMの手法及びコンセンサスに基づいた効果的・効率的な診断・治療法を体系化する目的で、標準的治療を示した参考資料として肺癌診療ガイドラインを作成しており、平成23年以降は、重要なエビデンスへの対応を迅速に行うため、毎年Web上で公開されているところ、「肺癌診療ガイドライン2018年版」(以下「本件ガイドライン」という。)が公開されたのは、平成30年11月である(甲B57)。本件ガイドラインでは、画像診断で肺癌を否定できない結節について、高分解能CTを用いて結節の性状や肺癌の危険因子の有無に基づいて、適切な観察期間で経過観察を行うよう推奨されており、日本CT検診学会文献に基づいて、10mm未満の小さい充実型結節や15mm未満の小さい部分充実型結節では、決められた間隔で経過観察を行い、増大の有無に応じて経過観察や観察終了、確定診断への移行を勧めている旨記載されている。そして、日本CT検診学会文献の第5版は、平成29年10月に改訂されており、TS−CT上で最大径が10mm以上の充実型結節は、原則として確定診断を実施する旨記載されており、最大径が15mm未満の部分充実型結節は、充実成分の最大径が5mmより大きい場合は確定診断を行うとされている。
そうすると、平成30年6月20日時点では、本件ガイドラインは公開されていなかったものの、前記記載の基礎となる文献である日本CT検診学会文献は、平成29年10月時点で存在しており、平成30年11月には日本肺癌学会が標準的治療を示した参考資料である本件ガイドラインの解説に記載されるに至ったのであるから、同年6月時点の肺癌の診断に係る注意義務の存否を判断する際にも、重要な基礎資料となるといえる。
もっとも、本件ガイドラインには、「個々の患者の病態や医療施設の体制は異なるため、治療方針は個々の患者に応じて、医療者と患者の話し合いで決定されるものである。本ガイドラインが医療を強制したり医療者の裁量権を制限したりするものではない。」と記載されていることから、前記記載に従って確定診断に移行しなかったことをもって直ちに注意義務に反したと評価するのは相当ではなく、これらの文献の記載を参考に、本件の事案に即して、気管支鏡検査を実施すべき義務の存否を検討すべきである。

イ 以上を前提に、平成30年6月20日の時点で、気管支鏡検査を実施すべき注意義務が認められるか検討する。           
前記認定によれば、原告は、平成30年4月24日に撮影された胸部CTにおいて、中葉に粒状影と胸膜直下の結節影が認められ、当該結節影は、長径13mm大であり、充実成分径が1cmより大きく2cm以下であったから、最大径が10mm以上の充実型結節、又は、最大径が15mm未満で充実成分の最大径が5mmより大きい部分充実型結節であると認められ、原則として確定診断を行うとされている大きさである。
また、原告は、42年間、1日15本の喫煙をしていたことから、ブリンクマン指数は630であり、肺癌のハイリスク群に属し、平成30年5月19日の前週の初めころから、息をするときに痰が絡むようなぜいぜいする感じがあり、同年6月20日頃は発作的に咳が出るという呼吸器症状が認められ、実際に、被告Y医師は、平成30年4月24日の胸部CTの結果、鑑別すべき疾患として肺癌も想定していた。
そして、喀痰細胞診で診断がつかない場合には、次に侵襲度の低い検査である気管支鏡検査が行われるとされているところ、原告は、平成30年6月16日、同月18日及び同月19日、結核の診断のため、3日間の喀痰検査を受けたものの、結核菌の排菌はなく、前記結節影について診断がつかない状態であった。
そうすると、被告Y医師には、平成30年6月20日の時点で、A医師も喀痰検査で診断がつかない場合に実施することを予定し、その旨原告にも説明していたとおり、結核か肺癌かの確定診断のため、原則として、気管支鏡検査を行う義務があったというべきである。

ウ 被告らは、気管支鏡検査の実施について、@原告が、抗血小板剤の内服加療を受けており、出血のリスクが高い状態で、気管支鏡検査のためには、休薬を含めて2週間近くの入院が必要となるが、当時の原告は非常に忙しい状況であったため、実施は困難であったこと、A結核菌の排菌による症状の悪化及び院内感染や術者が感染するリスクがあったこと、B結節影は小さく、肺門部や気管支間リンパ節は気管支鏡による精査が困難であること及びC気管支鏡検査には重大な合併症があり、死亡例もあることから、リスクが高く、気管支鏡検査の適応がないと主張するので、以下検討する。

(ア)@について
気管支鏡検査において、抗凝固薬及び抗血小板薬を内服している場合は、検査の必要性と抗凝固療法を中止することによる危険性を考慮した上で適当な休薬期間を設ける必要があるとされており、プラビックス(一般名クロピドグレル硫酸塩)及びバイアスピリン(一般名アスピリン)の休薬期間は、7〜14日とされている。前記認定によれば、原告は、当時、プラビックス及びバイアスピリンの投与を受けていたことから、気管支鏡検査に当たっては、休薬期間を設ける必要があるものの、抗凝固薬及び抗血小板薬を内服している場合に、気管支鏡検査を行うことができないとする医学的知見の存在を認めるに足りる証拠はない。
また、原告は、実際、令和元年9月6日に被告病院において気管支鏡検査を受けているところ、その際は、同月4日に入院した上でヘパリン化が行われ、同月6日に気管支鏡検査が実施され、翌7日に退院していることを踏まえると、必ずしも2週間近くの入院が必要になるともいえない。
そして、原告の仕事の都合で一定期間入院することが不可能であるかどうかは、気管支鏡検査の必要性について説明を受けた上で、原告が判断すべきことであり、医師において判断可能な事柄ではない。そもそも、被告Y医師が原告に対して気管支鏡検査のための入院を勧め、原告が多忙を理由にこれを断ったような事情は認められない。
したがって、抗血小板薬の服用により休薬期間が必要になることは、気管支鏡検査の適応を否定する事情とはいえない。

(イ)Aについて
原告は、平成30年6月2日のQFT検査の結果、QFT陽性であり、結核の感染歴があることが認められたものの、QFT検査は、感染診断の検査にすぎず、陽性であっても、活動性結核である可能性が極めて高いとはいえないとされている上、同月19日までに3日間行われた喀痰検査では、結核菌の排菌は認められなかったことから、同月20日時点で、活動性結核の可能性が高いとまではいえない状況であった。
そもそも、気管支鏡検査は、結核の診断のためにも行われており、医学文献でも、結核の可能性がある場合には、気管支鏡検査の順番を他の患者の後にする、必要に応じてN95マスク、ガウン、帽子、ゴーグルなどの準備をするなどの対策をするよう記載されている一方、結核の疑いがある場合に気管支鏡検査を実施すべきではないという医学的知見の存在を認めるに足りる証拠はない。現に、原告が令和元年9月6日に被告病院において気管支鏡検査を受けているのは前記(ア)のとおりであり、A医師も気管支鏡検査を予定していたのは前記イのとおりである。
したがって、原告について活動性結核の可能性があることは、気管支鏡検査の適応を否定する事情とはいえない。

(ウ)Bについて
平成30年4月24日に胸部CTに映っていた結節影は、前記のとおり、最大径13mmで、充実成分径が1cmを超えているから、原則として確定診断をすべきであるとされる大きさであり、小さい結節影であるとは認められない。
また、確かに、肺門部や縦隔リンパ節の転移の術前診断は、縦隔鏡では大量出血の危険性があると記載されている医学文献もある(甲B54、55)ものの、EBUS−TBNAによれば気道に接している病変について、コンベックス式超音波プローブによる超音波画像を観察しながら、リアルタイムでの病変の穿刺生検が可能であるとされており(甲B55)、肺門部早期肺癌(内視鏡的早期肺癌)の定義に、病巣末梢辺縁が内視鏡的に可視できることが含まれていることも踏まえると、肺門部や気管支間リンパ節は気管支鏡による精査が困難であるとしても、直ちに気管支鏡検査の適応が否定されるとはいえない。
したがって、被告らの主張には理由がない。

(エ)Cについて
気管支鏡検査に伴う重大な合併症として、低酸素血症、出血(0.45%)、心血管系の障害(0.06%)、気胸(0.07%)、検査後の発熱(0.46%)などがあり、死亡に至る重大事故もおよそ10万件に1件報告されているものの、合併症の発生率が高いとまでは認められない。
前記のとおり、原告の胸部CTにおいて確認された結節影は、原則として、確定診断を実施すべき大きさであり、喀痰細胞診は陰性で、診断がつかず、気管支鏡検査が必要な状況であったのに対し、合併症の発生率は高いとまでは認められないから、気管支鏡検査の適応を否定する事情とはいえない。

(オ)小括
したがって、被告らが主張する事情は、いずれも、気管支鏡検査の適応を否定するものではない。

エ 以上によれば、原告の平成30年4月24日の胸部CTに映っていた結節影は、原則として確定診断を実施すべき大きさであり、3日間の喀痰細胞診を行っても、結核菌の排菌はなく、肺癌も鑑別が必要な疾患として検討されていたのであるから、結核か肺癌かを確定診断するため、気管支鏡検査が必要な状況であったといえ、原告について、気管支鏡検査の適応を否定するような事情はなかったのであるから、被告Y医師は、同年6月20日の時点で、気管支鏡検査の実施を決める注意義務を負っていたというべきである。
それにもかかわらず、被告Y医師は、平成30年6月20日に気管支鏡検査の実施を決めなかったのであるから、被告Y医師には、気管支鏡検査を実施する注意義務を怠った過失がある(以下「本件不法行為」という。)。
したがって、被告Y医師は不法行為責任に基づき、被告法人は、被告Y医師の使用者であるから、使用者責任に基づき、本件不法行為と因果関係のある損害について賠償責任を負う。

オ これに対し、被告らは、仮に、平成30年6月20日の時点で気管支鏡検査の実施を決めなかったことにより本件肺癌の発見が遅れたとしても、令和元年10月21日時点で原告の5年生存率が著しく低下したとは考え難く、気管支鏡検査を施行しないことによって、原告の5年生存率が著しく低下することを具体的に予見することはできないから、結果予見義務違反を基礎づける具体的予見可能性がない又は結果回避義務違反がないと主張する。
しかしながら、医学文献において、肺癌の臨床経過は初診時の病期(ステージ)と関連しており、無症候性症例を早期発見することは、生存予後を改善するものと一般的に考えられており、検査を実施しなかったことにより肺癌の発見が遅れた場合には、当然、その間に肺癌が進行し、それに伴って予後が悪化し、5年生存率も低下し得るから、具体的予見は可能であり、結果予見義務及び結果回避義務はあるというべきである。
したがって、被告の主張は、理由がない。

(2)争点5(因果関係の有無)について

ア 前記認定によれば、本件肺癌の臨床病期は、平成30年4月24日時点で、T1bN1M0でステージUBであり、平成31年4月25日の時点でも、T1bN1M0のステージUBであったから、平成30年6月20日時点では、ステージUBであったと認められる。他方、C病院における術前診断では、本件肺癌は、令和元年10月21日の時点で、cT4N1M0のステージVAであると診断されていた。
本件肺癌が令和元年7月27日に発見され、当初、呼吸機能から右肺全摘は難しいとされていたものの、その後、呼吸機能の改善により右肺全摘が可能になったとして、約3か月後の同年10月21日に本件肺癌に係る手術が行われていることに照らしても、平成30年6月20日頃に気管支鏡検査が行われ、本件肺癌が発見されていれば、仮に、右肺全摘に備えて、呼吸機能の訓練が必要になったとしても、同程度の期間があれば、右肺全摘が可能になったと考えられるので、原告は、ステージUの段階で、本件肺癌の手術を受けることが可能であったと認められる。
肺癌と診断された60歳から69歳までの男性で、ステージUで外科的手術を行った場合の5年生存率は70.4%とされており、ステージVで外科的手術を行った場合の5年生存率は49.7%とされていることから、本件肺癌の発見が約13か月遅れた結果、原告の術後の5年生存率は、20.7%低下したと認められる。
イ これに対し、被告は、令和元年8月以前に肺癌と診断されたとしても、基本的に手術治療は必要であり、本件肺癌に係る手術と同様に中下葉切除が行われたと推測されることから、原告の5年生存率が低下した高度の蓋然性があるとはいえないと主張する。
しかしながら、平成30年6月20日頃に本件肺癌が発見された場合に、中下葉切除が行われたと認めるに足りる証拠はない上、全国がんセンター協議会が集計した症例に基づいて計算される5年生存率は、部位、臨床病期、年齢、性別、組織診断、手術の方法又は有無などによって計算されており、手術における切除部位によって5年生存率が変わるとは認められないから、被告らの主張には理由がない。

(3)争点6(損害額)について

ア カルテ開示費用について
原告は、被告病院、Fクリニック及びC病院に対してカルテの開示を請求しており、その開示費用合計2万0031円は、本件不法行為と相当因果関係のある損害と認められる(甲C1〜3)。

イ 慰謝料について
本件不法行為によって原告に生じた精神的損害は、平成30年6月20日頃に本件肺癌が発見され速やかに手術が行われた場合と比べて、実際に手術が行われた時点では本件肺癌の臨床病期のステージが進行してしまい、術後の5年生存率が低下したため、原告の死への不安や恐怖が増大したことによる精神的苦痛を内容とするものと考えられる。
前記認定によれば、原告は、平成30年6月20日以降も咳が止まらないと訴えて、被告Y医師の診察を受け続けたが、同医師は胸部CTによる経過観察を続け、同年10月13日及び平成31年1月19日のCT検査の結果、いずれについても放射線読影医が「気管支鏡でご確認ください。」、「気管支鏡評価を」と記載しており、1月には結節影が15mm大に増大していると指摘されていたにもかかわらず、術者への感染のリスクがあることなどを考慮して、気管支鏡検査を行わなかったことが認められる。
その結果、令和元年7月27日に本件肺癌が発見ざれるまで、約13か月を要し、その間、13回に及ぶ被告Y医師の診察を受けていた。
このような原告の精神的苦痛に対する慰謝料を算定するにあたっては、本件肺癌の見落とし期間やそれに至る前記の経緯、術後の5年生存率の低下は20.7%と小さいとはいえないこと、本件不法行為の内容、平成30年6月20日時点で、本件肺癌は既にステージUBに達しており、原告の抱いている死への不安や恐怖は、見落としがなくても一定程度生じていたものであって、本件不法行為によってその程度が高まったというものであること、その程度が高まっていると評価すべき期間は手術を受けた令和元年10月21日から5年間に限定されることなど本件に現れた一切の事情に照らすと、原告の精神的苦痛に対する慰謝料は、200方円と評価するのが相当である。

ウ 弁護士費用について
本件事案の内容、難易度等その他の事情を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、20万円と認めるのが相当である。

第4 結論   
よって、原告の請求は、被告法人及び被告Y医師に対し、222万0031円及びこれに対する不法行為日である平成30年6月20日から支払済みまで年5分の割合による損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度で認容し、その余の請求については、理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第30部
裁判長裁判官 男澤聡子
   裁判官 塩田良介
   裁判官 川越裕季子



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