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下級審医療判例real estate

横浜地判平21.10.14
                   主   文
 1 被告医療法人社団乙会及び被告B医師は、原告甲野一郎に対し、連帯して、3,183万3,190円及びこれに対する平成18年2月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告医療法人社団乙会及び被告B医師は、原告甲野春江に対し、連帯して、3,033万3,190円及びこれに対する平成18年2月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
 4 訴訟費用は被告らの負担とする。
 5 この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。

                   事実及び理由
(略)
第三 争点に対する判断
 1 前提となる事実に、証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。なお、以下に記載した事実の中には、鑑定を実施するに当たり、鑑定人に提供する「事案の概要」に記載された事実を含むところ、これらの事実については当事者双方が確認、了解したものであることにかんがみ、認定の根拠は特に示さない。
  (1)入院前の経過
  ア 太郎は、平成18年2月20日午前3時45分ころ、強い心窩部痛を訴え,数回嘔吐した。このうち、最初の1、2回の嘔吐の際は、太郎の吐物の色は茶褐色であった(原告春江)。
  イ 太郎は、原告らが要請した救急車により、午前4時20分ころ、原告春江に付き添われて被告病院に到着し、ストレッチャーに乗せられて院内に入った。被告病院に到着した当時、太郎の意識は明瞭であったが、顔色は蒼白であった。
  ウ A医師は、太郎の到着後、通常行われている問診、触診及び採血などを行い,バイタルサインを確認した。A医師の診察によれば、このときの太郎の身体所見は、「胸部正常呼吸音,腹部は平坦で軟、心窩部から臍下部に圧痛あり、限局する圧痛点はない」というものであった。
 上記診察などの結果,A医師は、太郎を経過観察とし、ラクテック及ぴソルデムの点滴投与を開始した。
  エ また、上記ウの採血に基づきなされた血液検査の結果は、以下のとおりであった。
 白血球数    17,400
 CRP       0.17
 赤血球数    485
 1ヘモグロビン  14.1
 ヘマトクリット 41.8
 MCV      86.2
 MCH      29.1
 MCHC     33,7
 Pit       47.7
  オ さらに、A医師は、太郎の腹部単純レントゲン写真の所見として、診療録に「小腸ガスー(マイナス)」と記載した。
  カ A医師は、上記診察後、原告春江に対し、「レントゲン検査では何の異常もないので、おそらくウイルス性の急性胃腸炎だと思われる。点滴をして様子をみましょう。」と説明し、更に腹部超音波検査を行う予定だと告げた。
  キ なお、太郎は。被告病院へ来院後、午前6時54分ころまでに2、3回嘔吐した。この際の吐物は胃液のみであった。
  ク A医師は、午前6時54分ころ、太郎の腹部症状は改善傾向にあるが,しばらく点滴を継続すると判断し、診療録に「急性胃腸炎、急性虫垂炎の疑い」と記入した。また、同時刻ころ、A医師は、急性虫垂炎の鑑別のため,腹部超音波検査を依頼した。
  ケ 被告B医師は、午前8時過ぎに行われた救急外来の回診の際、A医師から引継ぎを受け、太郎が被告病院へ運び込まれたことを知り、太郎を診察した(被告B医師)。このとき、被告B医師が、原告らに対し、「昨夜心当たりのあるような食べ物を食べていないか。」「2週間以内ではどうか」などと尋ねたところ、原告らは心当たりはないと回答した。
  コ 午前8時半ころ実施された腹部超音波検査によれば、「盲腸〜上行結腸はガスで壁の性状把握は困難です(明らかな浮腫はなさそうですが‥・)腹水は少量描出され、腸間膜LN(リンパ節)腫大は多数描出されます(最大10mm扁平)描出範囲内では虫垂は3〜4mmと腫大なしですが末端側は腸管ガスと体動で描出困難です」とのことであった。なお,腹部超音波検査には、被告B医師は立ち会わなかった(被告B医師)。
 上記検査の直後、C医師は、原告らに対し、「特に異常はないようなので,やはりウイルス性の急性胃腸炎だろう。」と説明した。
  サ 午前9時ころ、被告B医師は、A医師からの報告内容、診療録の記載内容及び腹部超音波検査についてのレポートに基づき、太郎が急性冐腸炎であるとの確定診断を下した(被告B医師)。すなわち,被告B医師は、来院した際の太郎の症状及び鑑別診断のために行った腹部単純X線検査、腹部超音波検査等の結果から、腹部単純X線写真においてイレウスのときに見られるべき小腸ガスが見られなかったこと、腹部超音波検査において、イレウスのときに認められるべき腸管の拡張、腸管壁の浮腫ないし肥厚、腸管内容を示す点状エコーなどが認められなかったことからイレウスを否定し、腹部超音波検査において腸間膜リンパ節腫大が多数認められたところ、虫垂の腫大がなかったことから急性虫垂炎を否定し、急性胃腸炎と診断したものである(被告B医師)。
  シ 午前10時45分ころ、太郎は、唾液を嘔吐した。被告病院来院後の太郎の吐物は、潜血陽性であったため、午前10時47分ころ、D医師は、診療録にその旨と腹部超音波検査の結果を「腹水少量、腸管リンパ節腫脹、虫垂腫大はない」と記載した上で、病名として「急性胃腸炎?」と記載しか(なお被告らは、上記の「潜血陽性」とは入院前の嘔吐に
ついての記載と主張するが、D医師が現認していない嘔吐の性状を記載するとは考え難く、採用できない。)。
  ス 原告春江は、太郎に対して3本目の点滴が投与されていたときに、C医師に対し、太郎の容態がよくならないことを伝えたOC医師は、原告春江に対し、「血液検査の数値も高く、吐き気も脱水症状も見られるので、様子をみるために入院させましょう。その方がお母さんも安心でしょう。」と言った。C医師は、午後1時29分ころ、診療録に「尿はケトン、嘔吐あり、下腹部痛が持続、反跳痛なし、⇒入院として経過を診ることとする。」と記載した。
  (2)入院後の診療経過
  ア  昼ころ太郎の入院が決まり、太郎は、午後2時25分ころ、前記第二、2(3)アのとおり、救急処置室から東病棟4階に移された。
  イ 入院後である午後2時35分ころ、看護師は太郎の様子を観察し、診療録に「体温37.2°C、脈拍7O台にて経過。嘔気は治まってきた様子であるが、腹痛は強い様子。ベッド上にてぐったりされている。下痢はみられていないとのこと」記載した。なお、原告春江は、入院準備のため、午後3時ころ、一時帰宅し、午後4時50分ころから再度太郎に付き添った。
  ウ 入院後も太郎には問欠的に強い腹痛が見られ、午後4時過ぎには「痛いよー。痛いよー。」と訴えてうずくまり、苦痛様の表情が見られた。この様子を観察したE看護師(以下「E看護師」という。)は、午後4時10分ころ、「(腹痛は)胃腸炎によるものか、その他に原因があるのか。」と考え、診療録にその旨記載するとともに、D医師に報告した。
  エ 上記報告を受け、午後4時10分ころにD医師が太郎を診察したところ、太郎には腹部膨満と臍上部の圧痛が見られ、排便はなかった。また、太郎はD医師に対し、腹痛について「痛い。痛くないときもあるけど。」と訴えた。D医師は、診療録に「腹部軟膨満臍上部に圧痛あり排便なし嘔吐も午後以降はなし」「腹痛は間歇的で腸管由来だろう。急性冐腸炎としてNPO、点滴中。」と記載した(同上、なお上記記載中の「NPO」とは[絶飲食]を意味する。)。
  オ このころ、被告B医師は、太郎の腹痛が遷延していることから、急性胃腸炎の合併症、続発症として、細菌性胃腸炎、腸重積及びシェーンラインヘノッホ紫斑病を疑い、鑑別診断の対象とした(被告B医師)。
  力 D医師は、午後4時38分ころ、細菌性胃腸炎の鑑別のため、太郎の便培養検査を指示し、また、腸重積の鑑別のため、血便の有無を確認する目的で、太郎に対するグリセリン浣腸60mgの施行を指示した。また、午後4時44分ころ、シェーンラインヘノッホ紫斑病の鑑別のため、翌21日に第13血液凝固因子を調べるための血液検査の指示を出した。
 なお、浣腸により、太郎には少量の排便が見られ、太郎の腹痛は少し治まった。
  キ 太郎は、午後5時20分ころ、原告春江を通じて看護師に強い腹痛を訴え、痛み止めが欲しいと希望したため、看護師はこれをD医師に報告した。被告B医師も、看護師あるいはD医師からの報告により,太郎が痛み止めを希望していることを知り、太郎に鎮静剤であるソセゴンを注射するよう指示を出した(被告B医師)。この指示を受け、D医師は、太郎の病室を訪れ、太郎に対し、ソセゴンを注射した。このときD医師は太郎の診察をしなかった。
  ク 看護師は、午後7時、診療録に「体温36.6℃、ソセゴン静注後、腹痛落ち着いてきていると。活気はなく、ずっと目をつぶっている。トイレ歩行している姿みられる。」と記載した。
  ケ 原告一郎も午後8時前から太郎に付き添った。小1時間ほどして原告らが帰宅すると告げると太郎は小便に行きたいと言って自らトイレへ歩いて行ったが、便座に座り込み、ベッドに戻れなかった。そのため、原告一郎は太郎を抱きかかえで病室へ戻り、ベッドに寝かせた。原告らは看護師にこのことを伝え,太郎の顔色が非常に悪いことも報告した上で、午後9時少し前に自宅に戻った。
  コ 20日の被告病院小児科の当直医は被告B医師1人であった(被告B医師)。なお、被告病院では、本件当時、外科医は毎晩当直していたが、麻酔科医及び手術室の看護師は当直していなかった。
  サ 午後9時30分ころ、太郎が病室において1人で寂しかっていたことから、看護師は太郎をベッドごと病室からナースステーションに移動させ、観察した。
  シ 太郎は、同月21 日午前1時過ぎころ、「気持ち悪い。」と言って、約100mlのコーヒー残渣様のもの(潜血3+)を嘔吐した。このとき、太郎は、血圧が100/50、脈拍が134、顔色、特に口唇色が不良であり、腹部膨満が認められた。看護師が被告B医師に電話でこれを報告したところ、被告B医師は、太郎の症状は急性胃腸炎の合併症あるいは続発症のうち、出血性胃腸炎又はシェーンラインヘノッホ紫斑病による可能性があると考えた(被告B医師)。被告B医師は、看護師に太郎のバイタルサインに異常がないかを確認した後、教科書その他の文献で、出血性胃腸炎やシェーンラインヘノッホ紫斑病で血性嘔吐が見られるかどうかや、これらの疾患の診断に役立つ検査のうち、深夜でも可能な検査があるか否かを調査することとし、太郎の診察を行わなかった。
  ス 太郎は、同日午前2時30分ころ、看護師に対し,便意を訴えた。看護師はおまるで用を足すように言ったが、太郎はトイレに行くと言ったため、看護師が抱きかかえてトイレまで歩行したが、排尿のみで排便は見られなかった。
   セ 看護師は、同日午前2時40分ころ、太郎の呼吸が停止しているのに気付き、心臓マッサージ。酸素吸入及び家族コールを行った。看護師から連絡を受けた被告B医師は太郎のもとに赴き、直接診察したが、これは被告B医師が20日午前8時過ぎころに太郎を診察して以来初めてのことであった(被告B医師)。心肺停止状態の太郎に対し、被告B医師らは気管内挿管を行い、ボスミンの投与などの心肺蘇生処置を施行したが,同日午前4時50分、太郎の死亡が確認された。
   ソ W大学医学部法医学教室において太郎の病理解剖が行われた結果、太郎の腹腔内には約600mlのヘモグロビン浸潤色の腹水が貯留し、小腸間膜に3.2cmX3.7cmの大きさの異常裂孔が存在した。そして、空腸上部(幽門部から16.5cm)の部位から、空腸、回腸の大部分(回盲部より27cmの所まで)は腸間膜裂孔に嵌頓し。絞扼性イレウスを呈していた。また、絞扼されていた小腸と腸間膜は出血性壊死を呈し、小腸の内腔には約400mlの出血が見られた。
  上記解剖の結果、太郎の死因は腸間膜裂孔ヘルニアによる絞扼性イレウスと診断された。
   夕 便培養検査の結果、20 日午後5時前ころに採取された太郎の便には、Escherichia Coli (018)が菌量2十で検出され、腸管病原性大腸菌(EPEC)が推定された。
  なお、太郎が自宅で心窩部痛を訴えてから被告病院で死亡するまでの間、太郎には下痢はみられなかった。
  2 証拠(略)によれば、以下の医学的知見が認められる。
   (1)イレウス
   ア 病態及び分類
  イレウスとは、腸管内容の肛門側への通過障害によって諸症状を呈する病態の総称であり、腸管の物理的閉塞・狭窄による機械的イレウスと、腸管運動の障害による機能的イレウスとに分類される。さらに、機械的イレウスは、血行障害を伴わない単純性イレウスと、血行障害を伴う絞扼性(複雑性)イレウスとに分類され。機能的イレウスは、腸管蠕動運動の低下による麻痺性イレウスと、腸管の持続性痙攣による痙攣性イレウスとに分類される。
  イ 症状
 イレウス一般の症状は、腹痛、嘔吐、排便及び排ガスの停止、腹部膨満であるが、病態によって多様な症状を示す。
 腹痛は,腸管の蠕動とともに生じ間欠的であるが、進行すれば拡張した腸管による持続的な腹痛となる。
 嘔吐は、胆汁性嘔吐を特徴とし、下部小腸以下の閉塞では、次第に便臭のある内容を嘔吐するようになる。
 腸管に閉塞が生じた時点で一時的に下痢が生じることがあるが、以後は排ガスが見られなくなる。腹部膨満は腹部全体にみられるが、筋性防御はなく全体に軽度の圧痛があることが多い。
  ウ 画像診断
 画像診断として重要なのは、腹部X線撮影(特に立位)及び腹部超音波検査である。立位の腹部単純X線写真ではニボー像(腸管内容の停滞・貯留による水平鏡面像)や拡張した小腸ガス像を認める。腹部超音波検査は腸管の蠕動や拡張、腸管内の液体、腹水の観察をするために用いられる。
  エ 治療
 機能的イレウスはそのほとんどに保存的治療を選択する。
 機械的イレウスのうち、単純性イレウスではまずは保存的治療を行うが、5〜6日間の保存的治療で改善しない場合や、再発を繰り返す場合は手術を考慮する。絞扼性イレウスは基本的には緊急手術の適応である。
 なお、イレウスは、嘔吐を来すあらゆる疾患との鑑別が必要であるが、このうち胃腸炎との鑑別が最も重要である。発症後24時間以内の鑑別は容易ではないため、対症療法により経過観察し、改善しなければ画像診断を含めた対応が必要である。
  (2)絞扼性イレウス
  ア 病態
 絞扼性イレウスは。腸管の物理的閉塞・狭窄による機械的イレウスのうち、血行障害を伴うものである。
 原疾患としては,腸回転異常症、中腸軸捻転症、腸間膜裂孔ヘルニア、先天性索状物によるイレウス、結腸捻転症などがある。
 腸管が絞扼されると、最初は静脈だけの閉塞が起こり、腸管は著明なうっ血を示し、その結果、腸管内腔には腸液だけではなく血漿蛋白や血球成分も漏出する。絞扼がさらに進行すると動脈も閉塞し、腸管は完全に壊死に陥る。こうなると粘膜の防御構造が破綻し、腸管内の細菌、内毒素、壊死組織からのサイトカイン類が循環血液。腹水へと流出し、患者はショック、多臓器不全に陥る。
 絞扼性イレウスは、急激に進行して致死的になることもあり、速やかに診断し、診断がなされた時点で手術療法の適応を考える必要がある。
  イ 症状
 腹痛は、非絞扼性のイレウスでは間欠的であることが多いのに対し、絞約性イレウスの場合は疝痛であり,持続的でその程度も強いことが多い。痛みの抑制にブスコパンなどの鎮痙薬は無効で、強力な鎮痛薬を必要とする。他のイレウスと同様、腹部澎満,排便・排ガスの停止が見られるが、腹部膨満は軽度の場合が多い。強い悪心、嘔吐が見られ、吐物は便臭を伴い、腸管虚血や壊死が進行すると血性となることがある。腸回転異常症による中腸軸捻転症、腸間膜裂孔ヘルニア・先天性索状物などによる絞扼性イレウスでは、血性嘔吐が最初の症状であることもある。聴診ではイレウスに特徴的とされる高調の蠕動音は聴取されず、むしろサイレントである。絞扼された腸管の部位に一致した圧痛を認め、この部分には腹膜刺激症状も認められることが多い。
 顔貌は苦悶状又は無欲状で。顔色不良となることが多いのが1つの特徴である。
  ウ 画像診断
 腹部単純X線写真においては、ニボー像等を認める場合もあるが、ガス像を示さない無ガス像イレウスの場合もある。
 超音波所見においては、イレウスには共通して拡張腸管の描出、腸管壁のKerckring皺襞の描出(key-board sign)などが見られるが、絞扼性イレウスではさらに高度な腸管拡張、拡張腸管壁の肥厚・浮腫とそれに伴うKerckring皺襞の破壊像が見られることが多い。さらに、絞扼性イレウスでは拡張腸管内容の浮動性の消失が認められる部位が存する。単純なイレウスではよほど長期に続かない限り腹水は認められないが、絞扼性イレウスでは、早期から腹水が存在し,実際に開腹してみると、悪臭のある血性腹水が存在している。
 腸管内ガスが多く超音波検査で描出が困難な場合などでは、CT検査がより有用となる。絞扼性イレウスのCT所見としては,腹水、拡張腸管に加え、腸管壁の肥厚、腸開膜の異常(出血、浮腫など)、造影CTでの腸管壁の造影の欠如などが挙げられる。
  エ 血液検査
 血液検査所見では、白血球増多、LDH高値、CPK高値が見られるが、LDHやCK(CPK)については、腸管が完全に絞扼されていれば、これらの逸脱酵素は循環血液中に流出しないので、上昇を認めない。
  オ 治療
 絞扼性イレウスは基本的には緊急手術の適応である。
 絞扼性イレウスと単純性イレウスの鑑別は必ずしも容易ではなく、激しい腹痛,白血球数の増多(1万8,000以上)、尿中白血球の増多、CRPの上昇などは絞扼性イレウスに見られるが、有意な鑑別診断項目とはならないため、これらの症状に改善の見られない場合は、開腹手術の適応とする。
  (3)小児の急性腹症
  ア 急性腹症の定義
 急性腹症とは,広義では、急激に発症し、主として腹痛を主訴とする疾患の総称を指し、狭義では腹部の急性の症状で発症して、救命のために緊急手術が必要な疾患をいう(以下、特に断らない場合は広義の急性腹症を指す。)。
  イ 診断手順
 急性腹症は年齢別に原因疾患に差があり、また、頻度の高い疾患から考えていくのが常道である。
 まず,患児の年齢、腹痛の性状、腹痛の部位、嘔吐,下痢、下血、発熱などの病歴及び既往歴の聴取を行い、それからバイタルサイン及び全身状態の把握、顔貌、体位、皮膚。粘膜の状態をチェックする。
  ウ 診察
 視診、触診、聴診を行う。
 まず、視診により、腹部膨満、ヘルニアの有無、出血斑などを確認する。
 次に、触診により圧痛の部位、腹部腫瘤、筋性防御、腹壁緊張、腹部反動痛の有無を調べ、聴診により、腸雑音を確認する。直腸診も有用である。
  腹部膨満は腹膜炎、イレウスを示し、蠕動不安は機械的イレウスを示す。腸雑音の亢進は急性胃腸炎、機械的イレウスを示し、低下は麻痺性イレウス、特に急性虫垂炎を示す。
   エ 検査
   (ア)血液検査、検尿、検便、腹部単純X線検査及び腹部超音波検査を実施する。
   (イ)腹部単純X線は、立位・臥位の正面像2枚は必ず確認する。立位ではニボーの存在と横隔膜下の腸管外free airの有無を確認する。臥位では,腸管内ガス像の分布状態を観察する。また、腸管ガス像のほか、肝臓・腎臓一眸臓などの実質臓器の位置一大きさ・形・横隔膜の高さ、横隔膜下のガス像、脊柱の彎曲、異常な石灰化像、腫瘤陰影、腸腰筋陰影などに注目する。
  腸管ガス像については、その数、位置、拡張の程度、ニボーの形成の有無を見て、腸管の通過障害がないか、あるとすればどの辺りかを判断する。二ボーの形成はイレウスのときに見られるが、ニボーの形成すなわちイレウスではない。また、腸間膜裂孔ヘルニアなどの、腸管の高度の循環障害を伴う絞扼性イレウスでは、かえってニボーの形成が明らかでないことがある。
   (ウ)腹部超音波検査は、急性虫垂炎、腸回転異常症。イレウスなどの診断にも有用である。ただし、腸管にガスの多い場合には情報量が少なくなる。
   オ 基本的治療方針
  患児の全身状態をまず把握し、その都度適切な対応が求められる。腹痛が4時間以上継続している場合は、入院させて経過観察を行うことを原則とする。@急速に進展する腹部膨満、A腹壁強直、B筋性防御、C反跳痛。D直腸診での限局した圧痛、E病的顔貌で反復する激痛、F激しい胆汁性や糞便様嘔吐を伴う場合は。開腹の必要性が示唆される。
  腹痛の原因が何かをつきとめることは何よりも重要で、治療は原因疾患に従って行う。嘔吐、悪心及び腹痛で受診した患者に対し、診断がつかないときは、経時的な臨床及び検査所見の変化を経過観察しながら、鑑別診断を繰り返して行う。
(4)腸間膜裂孔ヘルニア
  腸間膜裂孔ヘルニアとは、腸間膜に先天性の欠損孔があり、そこに腸管が入り込んで絞扼され、腸管が壊死に陥る疾患である。年齢を問わずに発症し、腸管壊死が急速に進行するのが特徴であることから、死亡率も高く、迅速な対応が要求される。欠損孔は回腸の腸間膜に多く、壊死に陥る腸管の長さは様々であるが、腸回転異常症のように小腸のほとんどが壊死に陥ることはない。したがって、時機を失することかく開腹・腸管切除を行えば、救命が可能であり、また、術後の患児のQOLも保たれる。
  (5)急性胃腸炎
 一般に、急性の経過をとる原因不明の腹痛、下痢を主徴とし、悪心、嘔吐、心窩部痛を伴う臨床症状からつけられる診断名である。寒冷刺激、過食、細菌感染、ウイルスなどが原因となる。
  ア ウイルス性腸炎
 発熱や下痢を伴って急性発症してくる嘔吐であれば本症の発生頻度が最も高いが、ほかの重篤な疾患でも一見同様な症状で発症してくることもあるので、注意深い鑑別を要する。
 症状は、下痢、発熱、腹痛、嘔吐、脱水症状などである。嘔吐は病初の1〜2日に多く、その後に下痢が続く。ロタウイルス下痢症では、下痢の前に発熱、嘔吐が先行することが多い。
 超音波検査ではしばしば小腸及び大腸管腔の液体貯留による拡張や、蠕動の減弱あるいは亢進が見られるが、著明な壁の肥厚は認めない。左上腹部から側腹部にかけて腸間膜リンパ節が数個から十数個程度描出されることが多い。大きさは径5mm程度までで、あまり大きなものはない。この部位のリンパ節が腫れるのは、主たる感染部位が小腸であることによる。
  イ 細菌性胃腸炎
 下痢を認めないが日常生活に影響するような腹痛が1週同程度続く場合や、腹痛が続いた後に軽い下痢を来す場合もある。
 組織侵入性を有する細菌による場合には、超音波検査により、終末回腸に最もよく肥厚が見られ、それに続く盲腸、上行結腸も壁の肥厚の見られる頻度が高い。リンパ節は5mm以上のものが臍の右側から回盲部にかけて多数見られる。時には左上から側腹部にもリンパ節腫大が見られる。時に少量の腹水も見られる。
 組織侵入性は弱いが著明な壁肥厚を示す菌による場合は,大腸に著明な壁の肥厚をみることがあり,また、肥厚が終末回腸から全大腸に及ぶこともある。しばしば腹水も見られる。
  (6)イセゴン
 ペンタソシンの別名であり,ペンタジンともいう。非麻薬性鎮痛薬であり,中枢神経系を介しての刺激伝導を抑制することにより、鎮痛効果を発揮する。
 3 鑑定等の要旨
 本件では、当裁判所が採用した鑑定人F、鑑定人H、鑑定人Iによる各鑑定の結果(以下、それぞれ[F鑑定]、「H鑑定」、「I鑑定」という。)のほか,被告らから、J医師の私的鑑定書(以下これらをまとめて「」意見書」という。)及びL株式会社医療部長Kの意見書(以下[K意見書]という。)が提出されている。これらの要旨は、以下のとおりである。
  (1)F鑑定
  ア 太郎が絞扼性イレウスを発症したのは、午前3時45分ころである。
 この時間に、強い腹痛と繰り返す嘔吐が出現した。通常の急性胃腸炎であれば、正常な精神発達の8歳の男児が痛くて耐えられないということは少ないから、この時期に、小腸の一部が腸間膜異常孔から陥入し始め、絞扼が出現している可能性が高い。
  イ イレウス一般を疑わせる所見は、激しい腹痛、繰り返す嘔吐,腹部膨満である。午後1時半ころの時点では、激しい腹痛と繰り返す嘔吐は明らかに認められるが、腹部膨満については診療録上明らかな記述はなく、腹痛の強い急性胃腸炎の範囲内ととらえてもやむを得ない状況と思われる。
  ウ 午後2時半ころも、激しい腹痛、繰り返す嘔吐は改善することなく持続しているが、腹部膨満については診療録上明らかな記述はなく、腹痛の強い急性胃腸炎の範囲内ととらえてもやむを得ない状況と思われる。
  エ 午後4時10分ころは。激しい腹痛、繰り返す嘔吐は改善することなく持続しており、腹部膨満も同時間の診療録で記録がある。したがって、絞扼性イレウスを含めたイレウス一般の主要症状がそろっており、これらを疑う時期である。
  オ ソセゴンは、一般の急性胃腸炎では通常用いない協力な鎮痛薬であるから,この薬剤が必要であった腹痛はかなり激しいものと推察され、血液検査で白血球が増多していることも考慮すれば、午後5時20分ころは、絞扼性イレウスを含めた重症のイレウスを疑う時期である。            
  カ 午後9時前ころは、激しい腹痛と繰り返す嘔吐、腹部膨満があり、絞扼性イレウスを含めた重症のイレウスを疑う時期である。         
  キ 翌21日午前1時過ぎころには、激しい腹痛と繰り返す嘔吐、腹部膨満があり、しかも血性嘔吐があったことより、上部消化管にまで壊死巣が拡大し、出血物が腸管管腔に貯留したことが予想され、明らかに絞扼性イレウスを疑う時期である。
  ク 午後4時10分ころ、絞扼性イレウスを含むイレウス一般が疑われた時点で、腹部聴診並びに触診を行い、診察上,絞扼性イレウスが疑われたら、腹部超音波検査、腹部CTを行うことが必要と考えられる。
 腹部聴診により,金属性の蠕動音や、逆に蠕動音の消失を認めれば、それぞれ腸管の蠕動の高度な亢進、壊死や腹膜炎などによる蠕動の消失を示唆し,絞扼性イレウスを疑う所見が得られる。腹部触診は重要で、これにより、腹部膨満、絞扼部の鼓腸を意味する腫瘤、腹水の存在を知ることができ、絞扼性イレウスを理学的に疑う根拠となる。診察によりこれらの所見が得られる時期には、腹部超音波検査で、腹水、腸管蠕動の消失などの絞扼性イレウスの所見が得られ、より同病態の存在を確信することができる。さらに確実な診断のため又は良い腹部超音波検査像が得られなかった場合には,積極的に腹部CTを行い、拡張した小腸像、閉塞腸管、腹水、腸管壁の肥厚、門脈ガス像などを認めれば、診断を確定できる。
  ケ とられるべき適切な医学的措置は、緊急開腹手術のみと考える。診察、検査所見から絞扼性イレウスと診断し、院内外科にコンサルトするのに1時間、外科が開腹手術の準備に2時間かかるとして、院内の措置なら3時間を要する。また。万が一周囲に小児科専門病院がなく、都内の小児外科にコンサルトし搬送するとしても、最高5時間を見れば開腹手術は可能であったと推察される。
 太郎は,死亡10分前まで歩行が可能であったことより、ショックに至ったのは最後の10分間程度であったと推察される。したがって、21日午前2時ころまでに緊急手術ができるとして、20日午後9時ころまでに絞扼性イレウスが疑われ、検査に臨めば、高い確率で救命できた可能性がある。
   (2)H鑑定
   ア 太郎が絞拓性イレウスを発症したのは。午後3時から4時ころ(腹痛で目覚め,嘔吐したころ)である。
  腹痛(心窩部痛)、嘔吐は小腸の一部が腸間膜欠損部に嵌入し始めたときの反応と思われる。
   イ 太郎は,嘔気が治まらず脱水症状も見られ、これらを経過観察するために入院したが、おなかを抱えてうずくまるような間歇的腹痛が軽快せず、8歳の本人が痛み止めを希望する程度の腹痛があった。太郎が痛み止めを希望した午後5時20分ころの時点で、腹痛の原因として腸管の絞扼を疑ってみるべきであった。
   ウ 入院時に立位腹部単純レントゲン検査正面像を撮影し、午前10時50分ころに、左右上腹部の腹部超音波検査を実施し、外来から入院診療時にかけて、研修指導医(小児科医、外科医)の経時的腹部診察が必要であった。
  急性腹症の腹部単純レントゲン検査像は、立位、背臥位の2枚は必要であり、太郎のレントゲン写真には、背臥位の正面像で胃泡の尾側に説明できない異常陰影がある。立位像を見れば、あるいはこの時点でイレウスと診断できた可能性がある。
  また、腹部超音波検査では急性虫垂炎を除外する所見のみが記されており、上腹部の胆肝膵系もスクリーニングしていれば、上腹部の異常が示された可能性もある。
  腹部理学的所見の診療録記載は外来から入院診療を通じて3回のみで、いずれも研修医の所見であった。イレウスの疑いが少しでも残っていれば、経過中に外科医の診察を仰ぐこともできたと思われる。
   エ 鎮痛薬(ペンタジン)を静注すると腹部理学的所見が正確にとらえられなくなる可能性があるので、その前に研修指導医が腹部診察し、外科医に診察を依頼すべきであった。この時点で外科医が手術適応を決定することになったと思われる。
   オ 十二指腸から上部空腸15cm、回盲弁を含めた回腸25 cmが残存すれば生存し、発育する可能性は残されていると思われる。
  (3)I鑑定
  ア 午前3時45分ころ、太郎が[お腹が痛い]と初めて訴えた時点でイレウスが発症していたのではないかと推定する。
 検案時に撮影した腹腔内の肉眼写真では、小腸は暗赤色(写真で見る限り一部黒色にも見える)に変色し、顕微鏡所見でも壊死部の空腸は粘膜から筋層に至るまで出血性壊死を呈していた。また、腹腔内には600mlのヘモグロビン浸潤色の腹水を認め、腸管内腔にも約400mlの出血が認められた。このような変化がもたらされるまでには相当な時間経過が必要であるから、イレウスは、発症から相当な時間が経過していたものと推察される。
 臨床経過から、前日まで元気で、特別な状況が何もなかっだこと、発症が突然であったこと、茶褐色の嘔吐が初診時より見られていたこと、入院経過中に腹痛の程度が突然悪化したエピソードがないこと、初診時の腹部レントゲン写真に、既に小腸ガスと考えられるガス像が左側腹部に見られることなどにより、入院経過中にイレウスを発症したと考えることには無理があると思われる。
  イ 2月20日午後5時20分ころにはイレウス一般を含めた胃腸炎以外の疾患を疑うべきであった。
 絞扼性イレウスは小児科医が遭遇する疾患としては非常に稀な疾患であること、簡単な検査で診断をつけることが容易ではないこと、特に冬期では腹部症状を主訴として外来を受診する患者の多くは感染性胃腸炎であることなどから、初診時あるいは入院時に直ちに絞扼性イレウスと診断できないことはやむを得ない。
 午後5時20分ころに、一般に小児の胃腸炎では使用しない強力な痛み止めであるソセゴンが使用されているということは、この時点での太郎の腹痛は非常に強いものであったことをうかがわせる。しかも、治療開始から12〜13時間も経過しており、このように強い腹痛が治療にもかかわらず長時間に
わたり持続していることから、太郎の病気が単純な胃腸炎でない可能性があることを少なくともこの時点で疑うべきであった。臨床経過をみる限りイレウス一般の存在を否定する臨床所見、検査所見は見当たらない。
 被告B医師は、腹部エコーの所見よりイレウスを否定しているが、担当技師の報告書を見る限り。ガス像の存在のため腸管の評価はできておらず、イレウスを否定することはできない。
  ウ 便培養での病原性大腸菌0-18の検出に関しては,近年、病原性大腸菌は常在菌化しており、検出したからといって胃腸炎と断定することはできないと考える。
  エ 午後5時20分ころの時点において,主治医による診察及び臨床経過の再評価,外科医へのコンサルト並びに外科医による診察、腹部レントゲン検査(立位,臥位)、腹部超音波検査,腹部CT検査、血液検査(血算、生化学検査など)を行うべきであった。
 本症のように、症状が治療により軽減あるいは改善しない場合、初診時に疑った診断(胃腸炎)が間違っていた可能性、あるいは初診時の診断から合併症が発生した可能性などを考えるべきである。
  オ 診察並びに検査の結果により、少なくともイレウスを疑うことは可能であったのではないかと考えられ、その場合、外科医の判断によるが、絞扼性イレウスとの診断がつかなくても開腹手術が行われるものと考える。
 午後5時30分ころイレウスを疑ったとしても、1時間後の午後6時30分から午後7時ころには外科医にコンサルトし、外科医がすぐに開腹手術と判断すれば、午後8時〜9時ころには手術は可能であったのではないかと考えられる。
 手術が午後9時ころに開始されたとすれば,腹痛の出現から17時間が経過していることにより、術式としては絞扼の解除のみではすまず、小腸の切除まで必要であったと考えられ、手術後の管理に難渋することも考えられるが、救命は当然可能であった。
  (4)J意見書
  ア 太郎の絞扼性イレウスの発症時期を正確に推定することは非常に困難である。腹部超音波検査からは絞扼性イレウスは否定的であることを考えると、少なくとも同検査が行われた午前8時30分ころまでは絞扼性イレウスは発症していなかったと考えられる。
 その後に、急性胃腸炎による異常な腸の蠕動運動の結果として、腸間膜裂孔ヘルニアによる絞扼性イレウスという極めて稀な病態に陥ったと推測され,翌21日に看護師が血性の嘔吐を確認した午前1時過ぎには,太郎は絞扼性イレウスを発症していたと考えるべきである。
 よって、太郎の絞扼性イレウスの発症時点は,午前8時30分ころから翌21日午前1時過ぎの間であると思われる。
  イ 午後4時10分ころには、腹痛以外の明らかな異常は認められていないので、絞扼性イレウスを疑って改めて再検査をしなかったのは、小児科医としての標準的な診療行為の範囲内で、特に誤っていたとは考えられない。午後5時20分ころにも、積極的に絞扼性イレウスを示唆する所見は認められていない。
  ウ 太郎に対し、一般小児科医でも絞扼性イレウスを積極的に疑うべきであったのは、翌21日午前1時過ぎころにコーヒ一残渣様嘔吐が急に出現した時点であると思われる、この場合、立位での腹部レントゲン写真の撮影と、熟練した小児外科医へのコンサルトを行うべきである。
  エ ウの時点で絞扼性イレウスを疑い、診察、検査が実施され、被告病院で手術がされた場合、少なくとも2時間程度はかかった可能性が高く、その後の太郎の実際の急速な容態の悪化から見ると、救命できた可能性は非常に低いと予想される。
 専門施設に搬送する手配をした場合も,状況説明や依頼,搬送にかかる時間と、専門施設での診察や手術室、輸血などの準備にかかる時間とで総計2時間程度かかるとすると、その後の太郎の実際の急速な容態の悪化からして、救命できた可能性は非常に低いと推定される。
  オ 解剖後の写真を見る限り、広範囲な小腸の壊死であるから、手術で救命できたとしても、重症の短腸症候群のため、経口的ではなく中心静脈栄養に依存した生活を送ることになった可能性が高いと思われる。その場合、日常的な病院受診が必要であるなど、日常生活での不便が多い上、敗血症などの重篤な感染症に罹患する可能性も高くなる。
  カ 来院前の太郎の茶褐色の嘔吐は、胃腸炎の嘔吐による逆流性の食道の炎症でも十分説明がつく。絞扼性イレウスの可能性も否定できないが、来院前の茶褐色の嘔吐が絞扼性イレウスによるものであったとすると、入院後翌日の深夜に至るまで茶褐色の嘔吐が反復しなかったことの説明が困難である。
  また、絞扼性イレウスの発症時期が午前3時45分ころから午前4時ころであるとすると,広範囲の腸管壊死が進行しながら、入院後長時間にわたって血性嘔吐や血便が出現しなかったことの説明が困難である。太郎のような広範囲の腸管壊死が進行していれば、通常は胆汁性や血性の嘔吐が出現すると考えられる。
   キ 午後4時10分ころの腹部膨満については、2人の医療従事者の解釈が異なるということは,腹部膨満はあったとしても軽度であったと考えられる。さらに、嘔吐が見られなかったこと、入院時のレントゲン写真と超音波検査で積極的に絞扼性イレウスを疑わせる所見がなかったことを考慮すれば、イレウスを疑うのが通常であるとはいえない。
  (5)K意見書
 解剖所見では、幽門部より16.5cm空腸上部から回盲部27cmにおいて絞扼性イレウスを呈していたとあり、緊急開腹手術が行われたとしても、同部位を中心にした小腸大量切除が必要であったと考えられる。小児における小腸切除術であり、後遺障害等級としては、「残存する空腸及び回腸の長さが100cm以下となったもの」として第9級相当、労働能力喪失率35%が推定される。すなわち、手術が行われた場合には切除小腸が広範囲となり、栄養障害、消化機能障害など、術後の障害が発生した可能性も十分に考えられる。
 4 争点1(被告病院医師らの過失)について
  (1)原告らは、@午後1時30分ころ、A午後2時30分ころ、B午後4時10分ころ、C午後5時20分ころ、D午後9時前ころ、E翌21日午前1時過ぎころのいずれかの時点で、被告病院医師らは、太郎のイレウスを疑い所要の検査を行うべき注意義務があったのにこれを怠った過失があると主張し、これに対し、被告らは、太郎に対しては急性胃腸炎の診断が既に確定しており、かつ、その後イレウスを疑わせる所見もなかったとして、上記注意義務違反を争っている。
 そして、この点につき、本件の3名の鑑定人らは、午後4時10分ころ(F鑑定)又は午後5時20分ころ(H鑑定、I鑑定)までには、イレウス一般(F鑑定)、腸管の絞扼(H鑑定)、イレウス一般を含めた胃腸炎以外の疾患(I鑑定)を難うべきであったとの所見をそれぞれ述べている。
 当裁判所は、これら鑑定の結果も踏まえ、被告病院医師らは、遅くとも午後5時20分ころには、太郎のイレウスを疑い、所要の検査を行うべき注意義務があったところ、この注意義務を怠った過失があると判断する。その理由は、以下に述べるとおりである。
  (2)まず、被告らは、太郎に対しては急性胃腸炎の診断が確定していたことを強調する。しかしながら、被告病院来院時の太郎の主訴、腹部単純X線検査の結果、腹部超音波検査の結果などを総合し、時期的に感染性胃腸炎の多い季節であったことをも併せ考えた上で、午前9時ころの時点で,被告B医師において、太郎を急性胃腸炎であると確定診断したとしても,「小児の腹部は「ブラックボックス」であり,常に急変することを念頭に、重要疾患を見逃さず初期評価を繰り返し再検討することが必要である。」との指摘にもみられるように、確定診断後の経過において、確定診断に従った治療をしているにもかかわらず患者の症状が増悪したり、従前見られなかった症状が加わったりするなと,確定診断を下した際の症状の一般的推移と異なる経過が現れた場合には、それが確定診断と積極的に矛盾するものとまではいえなくとも、確定診断にこだわることなく、診察や検査を行って確定診断を再検討する必要があるというべきである。加えて、本件においては上記1(1)コのとおり、腹部超音波検査では腸管ガスにより壁の性状把握が困難な部位があったことが認められ、必ずしも十分な情報が得られていたとはいえないこと(I鑑定も同旨,上記3(3)イ参照)、胃腸炎とイレウスとの鑑別は困難であり、対症療法により経過観察しても症状が改善しない場合は、画像診断を含めた対応が必要であるとされていること(上記2(1)エ)からすれば、太郎については、従前と異なる症状が見られた場合や症状が改善しないと考えられる場合に、初期評価、すなわち急性胃腸炎であるとの確定診断を見直す必要性は高かったものといえる。
  (3)以上を踏まえつつ、太郎の症状の推移を見るに、被告B医師が午前9時ころ太郎を急性胃腸炎であると診断した後も、点滴の継続にもかかわらず太郎の容態は一向に改善せず、昼ころ入院が決まった後も「おなかが痛くて歩けない」状態で、ストレッチャーに乗せられて入院病棟に移されたこと(上記1(2)ア)、午後2時25分ころの看護師の観察でも、「嘔気は治まってきた様子であるが、腹痛は強い様子。ベッド上にてぐったりされている」という状態であったこと(上記同イ)、その後も、太郎には間欠的に強い腹痛が見られ、午後4時過ぎには「痛いよー、痛いよー」と訴えてうずくまり、苦痛様の表情が見られたこと、この様子を観察した看護師は、看護師なりの判断で、単純な胃腸炎による腹痛とは違うのではないかという疑問を持ち、「(腹痛は)胃腸炎によるものか、その他に原因があるのか」と看護記録に記載し、D医師に状況報告をしたこと(上記同ウ)、この報告を受けたD医師が太郎を診察したところ、腹部膨満と臍上部の圧痛が見られたこと、この間、排便がないこと(上記同工)、さらに,午後4時38分ころ、D医師においてグリセリン浣腸を施行したため、太郎の腹痛が少し治まり(上記同カ)、絶飲食及び点滴を続行したにもかかわらず(上記同エ)、午後5時20分ころ、太郎の希望によって鎮静剤ソセゴンが注射されるほどの腹痛が襲ってきたこと、(上記同キ)は、上記認定のとおりである。この中でも、特に、「痛いよー。痛いよー」と訴えてうずくまる、あるいは痛み止めを希望するほどの間欠的な腹痛が遷延していたことと、腹部膨満が見られるに至ったこと、排便がないことは、イレウスを疑わせる所見ということができる。
 この点,被告らは、午後4時10分頃の太郎の状態につき、E看護師が「腹部膨満はなし」と診療録
に記載していることを根拠として、太郎に腹部膨満が見られたと断言することまではできないと主張する。しかし,D医師は、自らの判断に基づき、太郎の腹部は「軟、膨満」であると記載しているのであり(上記同工)、しかも、上記のとおり,診療録に「軟」と記載していることからみて,同医師は、実際に太郎の腹部を触診した上で上記判断をしていることが明らかであるから、その信用性は高いものということができる。これに対し、E看護師が
 「腹部膨満なし」と記載した根拠は明らかとはいえず、上記記載をもって上記認定は左右されない。また、被告らは、仮に腹部膨満が見られたとしても、その程度は極めて軽度なものでしかないとも主張し、J意見書にも同旨の記載があるが(上記3 (4)キ)、ここで考慮すべきは腹部膨満が見られたこと自体であって、その程度によってこれを無視又は軽視することは許されないというべきである(なお、上記2(2)イのとおり、絞扼性イレウスの場合には腹部膨満は軽度の場合が多いとされている。)。さらに、被告らは、腹部膨満が常に見られたともいえないと主張するが、診療録には、その後、午前1時過ぎころ、太郎に腹部膨満が再度確認されるまで、触診によって太郎の腹部の状態を確認した形跡は見当たらず(腹部触診の重要性についてはF鑑定(上記3(1)ク)参照)、上記の午後4時10分ころに確認した腹部膨満が消失したとまでは認められない。
 また、被告らは、被告B医師において、急性胃腸炎の続発症、合併症であるジェーンライン・ヘノッホ紫斑病、腸重積を疑い、鑑別検査を実施又は予定したのであり、基本的対応を怠らなかったと主張するが、上記の各所見からみて、イレウスの可能性を排除する根拠は見出し難く、被告B医師においてイレウスを疑うべき上記所見を看過し又は軽視したとの批判は免れないというべきである。
 さらに、被告らは、絞扼性イレウスであれば腸管の通過障害が解除されない限り嘔吐を繰り返すはずであるところ、太郎には午前10時45分ころを最後に嘔吐が見られなかったのであるから、絞扼性イレウスは否定されるべきであると主張し、J意見書の中にもこれに沿うかのごとき記載(上記同(4)カ)が存在する。この点、原告らは、入院後も嘔吐は継続していたと主張し、原告春江は、これに沿う陳述又は供述をするが、一方で診療録には、入院後の太郎に嘔吐があったとの記載はないことからみて、入院前にみられたような嘔吐が継続していたとまでは認めるに足りない。しかしながら、本件において太郎は、被告病院に到着する前に自宅において茶褐色の嘔吐をし(上記1 (1)ア)、被告病院到着後も潜血陽性の嘔吐をしていたのであり(上記同キ、シ)、被告B医師が午後4時10分ころ、これらの事実を踏まえて腹痛、血便のほかに嘔吐を指標とする(被告B医師)腸重積を疑っていること(上記1(2)オ)、H鑑定及びI鑑定は嘔吐の継続という事実を前提とせずとも腸管の絞扼又はイレウス一般を含めた胃腸炎以外の疾患を疑うべきとしていること(上記3 (2)イ、同(3)イ)、I鑑定が、臨床経過をみる限りイレウス一般の存在を否定する臨床所見も検査所見も見当たらないとしていること(上記同(3)イ)からみて,嘔吐の継続がないことをもってイレウス一般を疑うことまでも否定することは相当でないというべきである。一方、J意見書は、その記載からみて、診療当時の状況に照らして診療担当医師が積極的に絞扼性イレウスを疑うべきであったか否かについて評価検討を加えたものであり(上記同(4)イ)、その前提を異にするものであるから、上記判断を左右するものとはいえない。
  (4)以上の認定判断に、鑑定人らの各鑑定の結果を総合すれば、被告病院医師らは、午後5時20分ころの時点で、イレウスを疑い、太郎に対し、腹部レントゲン検査、CT検査及び腹部超音波検査を実施すべき注意義務があったということができる。それにもかかわらず、急性胃腸炎の診断を見直すことなく、上記検査を施行しなかった被告B医師には、上記注意義務に違反する過失があるというべきである。以上の認定判断と反するJ意見書は、採用することができない。
  (5)ところで、原告らは、午後5時20分ころに先立つ午後1時30分ころ、午後2時30分ころ及び午後4時10分ころの過失についても主張するが、これまでの認定事実を総合しても、午後1時30分ころ、午後2時30分ころ又は午後4時10分ころの時点においては、急性胃腸炎の確定診断を見直してイレウスを疑うべき所見はいまだ現れていなかったといわざるを得ない。よって、上記時点での被告病院医師らの過失をいう原告らの主張を採用することはできない。
 5 争点2(因果関係)について
  (1)太郎の絞扼性イレウスの発症時期について、本件の3名の鑑定人らが、一致して、午前3時45分ころ心窩部痛及び嘔吐の見られたころであると判断していることは上記のとおりである。この点と、太郎が被告病院に搬送されてから死亡するまでの経過で、急激に状態が悪化したことを示すエピソードがないことをも併せ考えると、太郎が心窩部痛を訴えて最初に嘔吐した午前3時45分ころに絞扼性イレウスが発症し、その後、腸間膜裂孔ヘルニアが徐々に進行して、午後4時10分ころから腹部膨満等の症状が発現するに至ったものであり、午後5時20分ころの太郎の症状は、絞扼性イレウスによるものであったと理解することができる。この点、J意見書は、上記各鑑定の見解では、入院後、長時間にわたって血性嘔吐の出現しなかったことの説明が困難であるとこれを批判する。しかしながら、来院前及び来院後も午前中までは太郎に茶褐色の嘔吐(上記1 (1)ア)又は潜血陽性の嘔吐(上記同シ)がみられたことは上記のとおりであり、入院後の様々な条件の変化に伴い、中途で嘔吐がなくなったとしてもそれ以前の経過におけるイレウスの発症を完全に否定しきれるとは必ずしもいえない。H鑑定及びI鑑定も、嘔吐の継続という事実を前提とせずに上記の結論を導いているところである。また、午後5時20分ころの時点における被告B医師の過失との関係においては、絞扼性イレウスの発症時期ではなく、午後5時20分ころに太郎が絞扼性イレウスを発症していたか否かが問題となるところ、J意見書も絞扼性イレウスの発症時点を午前8時30分ころから翌21日午前1時過ぎと非常に幅広くとらえており、午後5時20分ころに太郎が絞扼性イレウスを発症していたことまで否定している訳ではないのであるから、J意見書は,上記認定を左右するものとはいえない。
 このような太郎のイレウスの進行を考えると、遅くとも午後5時20分ころに腹部超音波検査を実施していれば、腹水や腸管蠕動の消失などの絞扼性イレウスに特徴的な所見が得られたものと考えられ(F鑑定)、また、立位及び背臥位の腹部単純X線検査(H鑑定及びI鑑定)を実施すれば小腸ガス像が(上記2(1)ウ、同(2)ウ),CT検査を行った場合には、腸管壁の肥厚、腸間膜の異常(出血、浮腫など)が(上記同(2)ウ)、それぞれ認められた可能性がある。
 以上によれば、被告病院医師らが遅くとも午後5時20分ころにイレウスを疑い、太郎に対し各種検査を行っていれば、診察による所見及び検査結果から、絞扼性イレウスの診断は可能であり,この診断に基づいて、太郎に対して開腹手術を実施することを十分期待することができたと認めるのが相当である。
  (2)他方、午後5時20分ころにイレウスを疑い所要の検査を行い、検査結果に基づいて絞扼性イレウスの診断が得られたとしても、その後、諸々の準備を経て開腹手術を行い,絞扼を解除するに至るまでの所要時間を考えると、既に救命可能性はなかったのではないか、また、救命できたとしても重大な後遺症が残る結果となったのではないか(前記第二、4 (2)の被告らの主張参照)が問題となる。
 そこで検討するに、F鑑定、I鑑定及び証拠(略)によれば、診察,各種検査の結果から絞扼性イレウスを疑い、院内で手術を実施する場合には、3時間から3時間半ほどの時間を要することが認められる。また、F鑑定によれば、都内の小児外科にコンサルトし搬送した場合でも最高5時間を見れば開腹手術は可能であったと認められる。
 上記1(2)コのとおり、本件当時,被告病院には外科医が当直しており、麻酔科医及び手術室の看護師は当直していなかったが、このことを考慮に入れたとしても、遅くとも5時間以内には、麻酔科医及び手術室の看護師をそろえることができ、被告病院において開腹手術を実施することが可能であったと考えられる。
 すると、午後5時20分ころまでに急性胃腸炎との確定診断を見直し、イレウスを念頭に置いて各種検査を実施した場合には、遅くとも午後10時20分ころには開腹手術に着手することができたものというべきである。その場合、太郎の絞扼性イレウスの発症時点である午前3時45分ころから約19時間半が経過していることになり、開腹手術の際には、太郎の小腸の一部は既に腸間膜裂孔に陥入して壊死に陥っており、小腸の相当部分の切除は免れなかったと考えられる(I鑑定)。しかし、この時点における太郎の全身状態からみて、少なくとも解剖(上記1(2)ソ)時に見られたような小腸の大部分の絞扼に至るまで病状が進行していなかったことは明らかであり、被告らが主張するように救命可能性がなかったとか、救命したとしても短腸症候群を免れなかったなどということはできない。現に、腸間膜裂孔ヘルニアによる絞扼性イレウスの症例においては,2歳3ヶ月の男児が発症14時開後に100cmの腸管を切除し、術後経過が良好で術後14日目に退院していること、1歳4ヶ月の女児が発症10時間後に90cmの腸管を切除し、術後経過が順調で術後14日目に退院していること、11歳の男児が入院から25時間後に70cmの腸管を切除し、経過良好により13日目に退院していること、別の11歳の男児が発症16時間後に250cmの腸管を切除し、術後10週間で軽快退院となっていることが認められる(F鑑定添付資料)。また、証拠(略)によれば、腸間膜裂孔ヘルニアによる絞扼性イレウス56件において、手術時多くの症例が重篤な状態であったにもかかわらず、死亡例は基礎疾患を有する2例のみ(5p trisomy と980gの超低出生体重児)であったことが認められる。
 以上に照らせば、太郎の場合も、午後10時20分の時点で開腹手術に着手していれば、仮に絞扼性イレウス発症から約19時間半を経過し、重篤な状態にあったとしても、絞扼の解除と壊死腸管の切除により、救命できた高度の蓋然性があり,かつ,その場合に、被告らの主張する短腸症候群による後遺障害を残すことなく回復することを期待しえたということができる。なお.J意見書は,これと異なる見解(上記3(4)エ、オ)を述べるが,同意見書は手術開始時刻につき上記認定と異なる前提に立つもの(上記同ウ)であるから採用の限りでない。また、K意見書は、太郎に後遺障害が残った可能性を指摘するが(上記同(5))、同意見書は解剖所見のみを根拠として立論をするものであり、いつの時点で開腹手術をしたと想定しているのかすら明らかでないことからみて、採用できない。
 6 争点3(損害額)について
  (1) 太郎に生じた損害
   ア 逸失利益
 太郎は、死亡当時8歳2ヶ月の小学生であり、18歳から67歳までの49年間稼働し、男子労働者の平均賃金程度の収入を得られる蓋然性があったものと認められる。そうすると、太郎の逸失利益は、同人の死亡当時である平成16年の男子学歴計全年齢平均賃金542万7,000円に59年間のライプニッツ係数18.875から10年間のライプニッツ係数7.721を控除した11.154を乗じ、生活費として50%を控除して求めるのが相当であり。その金額は3,026万6,379円となる。
  (計算式)
 542万7,000円×11.154×(1-0.5)=3,026万6,379円
  イ 慰謝料
 本件にあらわれた諸事情にかんがみ。太郎の精神的苦痛に対する慰謝料は、2,000万円をもって相当と認める。
ウ 太郎に生じた上記ア及びイの損害賠償請求権については、法定相続分に従って、原告一郎及び原告春江がそれぞれ2分の1ずつ相続により取得した。
  (2)原告らに固有の損害
  ア 葬儀費用
 弁論の全趣旨により、原告一郎が太郎の葬儀に要した費用のうち、被告らの不法行為による損害額としては、150万円をもって相当と認める。
  イ 慰謝料
 原告らは、被告らの不法行為により太郎が死亡するに至ったことによって、多大な精神的損害をこうむったものというべきであり、原告ら固有の慰謝料を請求することができる。その金額は、各自250万円をもって相当なものと認められる。
  ウ 弁護士費用
 本件事案の内容、認容額等を総合考慮し、被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、原告ら各自につき270万円が相当である。
  (3)したがって、被告らに対し、原告一郎は3,183万3,190円の損害賠償請求権を、原告春江は3,033万3,190円の損害賠償請求権を有する。

第四 結論
 以上によれば、原告らの請求は、被告病院及び被告B医師に対し、原告一郎について3,183万3,190円及びこれに対する不法行為の日である平成18年2月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を、原告春江について3,033万3,190円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。なお、仮執行免脱宣言は相当でないから、これを付さないこととする。

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